できることを、していきましょう

 キッチンの作業台に、玉ねぎを置きながら、七海ちゃんが少し困った顔をした。

「玉ねぎをくし切りって書いてあって……一応、『くし切り』でも調べたんですけど、よく分からなくて」


「そう」

 私はうなずく。

「最近は、動画の解説とかもあるから、そういうのだと分かりやすいこともあるわね」


 でも、と少し間を置いてから続ける。

「せっかくだから、ここで一度、私がやって見せましょうね」


「はい、お願いします」

 七海ちゃんは、すっと姿勢を正して、私の横に立った。

 私は玉ねぎを半分に切り、まな板の上で断面を下にする。

 包丁を持つ手元を、あえてゆっくりと見せる。


「まず、半分に切って……」

 刃先の角度を示しながら言う。

「そこから、こうやって、放射状に切るのよ」


 シャッ、と包丁が入る音。

 くしの形になるように、切り込んでいく。

 七海ちゃんは、私の手元をじっと見つめていて、目つきは真剣そのもの。


「……なるほど」

 小さくつぶやく。

 私は包丁を置いてから、七海ちゃんを見る。


「ただね」

 少しやわらかい声で続ける。

「この切り方、包丁に慣れてないと、ちょっと難しいかもしれないわ」


「そうなんですか……」


「ええ」

 私はうなずく。

「だから、もし難しそうだったら、無理しなくていいの。まっすぐ切っちゃっても、だいじょうぶよ」


「えっ」

 七海ちゃんは、少し驚いたように目を丸くする。

「変えちゃっても、いいんですか?」


「もちろん。だって、できないことを無理にしようとして、ケガしちゃったらイヤでしょ?」

 少しだけ間を置いてから、続ける。

「それよりは、今できることを、ちゃんとした方がいいわ」


「……なるほど」

 七海ちゃんは、納得したようにうなずいた。

「じゃあ……まずは、やってみます」


「そうね。まずは、やってみてから、考えましょ」


 七海ちゃんは、包丁を持ち、玉ねぎに向き合った。

 私がやったのを思い出しながら、くし切りにしようと、包丁を入れる。

 でも、少し進んだところで、手が止まった。


「……やっぱり」

 困ったように笑う。

「無理そうです」


「いい判断ね」

 私はすぐに言う。

「じゃあ、さっき言ったみたいに、まっすぐ包丁を下ろして。薄切りの方法で、してみましょ」


「はい」

 七海ちゃんは、包丁を持ち直して、今度は素直に縦に切っていく。

 最初は順調だったが、玉ねぎが小さくなるにつれて、少しぐらついて、不安そうに言う。

「……あの、残りが少なくなってくると、ちょっと怖いです」


「そういうときはね、玉ねぎを九十度倒すの。横にすると、安定するわ」


「……あ」

 言われた通りに置き直すと、ぐらつきが減った。

「ほんとだ……!」


 包丁が、落ち着いて入る。

 それで残りも、無理なく切り終えることができた。


「これなら……」

 七海ちゃんは、切り終えた玉ねぎを見て、少し誇らしげに言う。

「残りも、ちゃんと切れそうです」


「ええ、がんばって」

 まな板の上には、形は不揃いだけれど、きちんと切られた玉ねぎ。

 七海ちゃんはそれを見下ろしながら、少しだけ胸を張った。

 切り終えた玉ねぎを、ていねいにボウルへ移し、残りも慎重に切り進めた。

 最後の一切れをボウルに入れると、七海ちゃんは包丁を置いて、ほっと息をつく。


「……できました」


「うん」

 私は、その様子を見てうなずく。

「これで、下ごしらえはおしまいね」


「じゃあ」

 七海ちゃんは、少し身を乗り出して聞く。

「このまま、炒めちゃえばいいですか?」


 私は炊飯器の表示をちらりと確認する。

 残り時間は、まだ少し余裕がある。


「ううん」

 首を横に振ってから答えた。

「せっかくだから、できたてを一緒にいただきたいでしょ?」


「はい」

「だから、ごはんが炊きあがるタイミングで、炒めましょう」


「……じゃあ」

 七海ちゃんは、少し考える。

「それまで、時間ありますよね?」


「そうね」

 私は、キッチンからリビングの方へ視線を向ける。

 すると、七海ちゃんの表情が、ふっとやわらいだ。


「それまでの間……」

 少しだけ間を置いてから、にこっと笑う。

「遥さんに、くっついててもいいですか?」


「……もう、仕方ないわね」

 そう言って、ソファへ向かい、腰を下ろす。

 そのまま、ぽんぽんと自分の膝を軽く叩いて、視線を上げる。

「じゃあ、私の膝の上に乗って、抱きついておいで」


「えっ……遥さんの……上に、乗っかるんですか?」

 七海ちゃんは、一瞬きょとんとした。


「イヤなら、いいけど?」

 私は肩をすくめる。


「い、いえ……!」

 七海ちゃんは、少しあわてて首を振る。

「が、がんばります……!」


 そう言って、そっと近づいてくる。

 正面から、慎重に足をソファに乗せて、私の膝の上へ腰を下ろした。

 完全に体重を預けるというより、まずは様子をうかがうような座り方。

 少しだけ、私の身体に触れている。

 私は七海ちゃんの腰に、自然に腕を回した。


「……重くないですか?」

 七海ちゃんが、気遣うように聞く。


「重いわね」

 私は、あっさり答える。

 七海ちゃんは、すぐに顔を上げる。


「えっ? 女の子に対して、『重い』とか言います!?」


「言うわよ。だって、ほんとだもの」

 私は、くすっと笑う。

「でも、もっとくっついてきても、だいじょうぶよ」


「……ほんとですか?」

 七海ちゃんは、ためらいながらも、そっと身体を預けてくる。


「ええ」


「じゃあ……」

 小さな声で言ってから、しっかりと体重をかけた。

「つらくなったら、言ってくださいね」


「はいはい」

 私は、七海ちゃんの背中を、ゆっくりとなでる。

 さっきまで料理をしていた手が、今はただ、やさしく動くだけ。

 七海ちゃんは、安心したように、私の肩に額を寄せた。


 キッチンの方から、炊飯器の静かな音が聞こえる。

 料理の時間と、こうして過ごす時間が、自然につながっている。


(……こういう間も、大事なのよね)


 そう思いながら、私は七海ちゃんの背中を、もう一度だけ、そっとなでた。

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2025年12月21日 07:03
2025年12月22日 07:03

七海ちゃんの身体にほどかれてく、私の心~職場の後輩と始める甘い百合同棲 Çava @survibar

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