戻ってこない七海ちゃん
入口でカゴを手に取り、七海ちゃんはきょろきょろと店内を見回した。
ちょうど入ってすぐのところに、野菜売り場が広がっている。
「あ、ありました」
七海ちゃんが、少し弾んだ声で言う。
視線の先には、玉ねぎの棚。
ネットに入った四個入りと、バラで一個ずつ置かれているものとが、きれいに並んでいる。
「えっと……」
七海ちゃんは、しばらく棚を見比べてから、振り返った。
「大きさは……正直、よく分かんないですけど」
「うん」
「二個、いるんですよね?」
確認するように言ってから、続ける。
「だったら、四個入りのを買っておけば、いいですか?」
(本当は、単価も計算して、比べてほしいところだけど……)
そう思いながらも、私は表情には出さずに答える。
「そうね」
短く、でも否定はしない。
「余ったら、また使えばいいし」
「ですよね!」
七海ちゃんは、ほっとしたように笑って、四個入りのネットをカゴに入れた。
その仕草を見ながら、私は少しだけ歩調を合わせる。
「次は……お肉、ですよね」
七海ちゃんは、今度は売り場の案内を探すように、視線を上げる。
「そうね」
もちろん、肉売り場がどこにあるか、私は知っている。
でも、あえて何も言わず、七海ちゃんの少し後ろを歩く。
――きょろきょろと首を動かしながら進むその姿が、とてもかわいらしいから。
それに、自分で探すことは、立派な練習になる。
「……あ、奥かな?」
七海ちゃんが、小さくつぶやく。
数歩進んだところで、冷蔵ケースが連なっているのが見えた。
七海ちゃんは、それに気づくと、ぱっと表情を明るくする。
「こっちですよ!」
振り返って、私に向かって手を振る。
「はいはい」
私は苦笑しながら、その後をついていく。
肉売り場の前で立ち止まり、七海ちゃんはスマホをもう一度確認した。
それから、ケースの中を真剣な顔で見つめる。
「えっと……」
「うん?」
「豚肉……こまぎれ、ですね」
指でなぞるようにしながら、表示を追っていく。
こまぎれの場所を見つけてから、しばらくして、近いグラム数のパックを見つけると、そっと手に取った。
重さを確かめるように、カゴの中へ入れる。
「……これで、だいじょうぶだと、思います」
少しだけ不安そうに、私を見る。
「うん」
私はうなずく。
「ちゃんと、レシピ通りに選べてるわよ」
その言葉に、七海ちゃんの肩が、ふっと軽くなる。
「じゃあ……」
カゴの中を見下ろしながら、問いかける。
「この二つを買って、帰りましょうか」
七海ちゃんは、少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「あの、せっかくだし……」
少しだけ遠慮がちに言う。
「何か、甘いものでも買いませんか?」
「いいわよ」
私は、あっさり答える。
「じゃあ、あなたが選んできなさい」
「いいんですか!?」
パッと目を
「ええ」
私はカゴを七海ちゃんから受け取り、軽くあごで示す。
「私は、お魚を見ながら、待ってるから」
「はーい!」
元気よく返事をして、七海ちゃんは、生菓子コーナーの方へ、小走りに向かっていった。
(……そういうのは、パッと一瞬で、見つけてたのね)
その後ろ姿を見送りながら、私は小さく息をつく。
そうして魚のパックを
(……ちょっと、時間かかりすぎじゃない?)
私は魚のパックを棚に戻してから、生菓子コーナーの方へ向かうことにした。
近づいてみると、七海ちゃんは、いくつかのケーキとプリンを交互に見比べて、完全に決めきれずにいる。
「……あ、遥さん!」
私に気づいた七海ちゃんが、ぱっと顔を上げる。
「あなた」
私は、少しだけあきれたように言う。
「なかなか戻ってこないから、どうしたのかと思ったわ」
「す、すみません……」
七海ちゃんは、へへっと困ったように笑う。
「どれもおいしそうで、全然決められなくて……」
「まったく」
そう言いながらも、私はショーケースの中をのぞき込む。
「遥さんも、一緒に選んでくださいよう」
七海ちゃんが、少し甘えた声で言う。
「しょうがないわね」
私は、ほんの少しだけ考えてから、指先で示した。
「じゃあ……この三個入りのプリン」
「えっ」
七海ちゃんが、驚いた顔になる。
「三個入りなんて買ったら……一個、余っちゃうじゃないですか!」
「余らないわよ」
私は平然と答える。
「あなたが、二つ食べるんでしょ?」
「え?」
一瞬きょとんとしてから、七海ちゃんの表情が、一気に明るくなる。
「い、いいんですか!?」
「プリン一個多く食べたくらいで、私は怒ったりしないわよ」
「わーい!」
七海ちゃんは、思わず小さく跳ねた。
「遥さん、やさしい……大好きです!」
(……この子、『大好き』のハードルが、低すぎないかしら)
内心でそんなことを思いながらも、口元は自然とゆるんでしまう。
「ほら」
私は、少しだけ歩き出す。
「じゃあ、買って帰るわよ」
「ま、待ってくださいよぅ!」
七海ちゃんは、あわててプリンを手に取って、カゴに入れた。
「それと……ここは、私が払いますからね?」
「はいはい」
私は、あえて深く突っ込まずに答える。
「じゃあ、支払いはお願いね」
セルフレジで、七海ちゃんが慣れない手つきで、商品を流していく。
その横で、私はエコバッグを広げ、通された商品を詰めていった。
「二人で来ると……」
ピッ、という音を聞きながら、七海ちゃんが言う。
「セルフでも、早いですね」
「そうね」
私は、最後のプリンを入れて、バッグの口を閉じる。
「役割分担、ちゃんとできてるもの」
七海ちゃんが支払いを終え、バッグを持つと、その重さが腕に伝わってくる。
それでも、どこか心地いい。
スーパーを出ると、外の空気が少しだけあたたかく感じられた。
二人並んで、来た道を戻っていく。
買い物袋の中で、玉ねぎと豚肉、それとプリンのパックが、静かに揺れている。
私は、七海ちゃんの横顔を、ちらりと見た。
(……こうやって、一つずつ覚えていけばいいのよね)
そう思いながら、マンションへの道を、ゆっくりと歩いていった。
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