何度も、抱かれてくれている

 私は、七海ちゃんの身体の上に、ゆっくり体重を預ける。

 七海ちゃんは何も言わず、両腕を控えめに、私の背中へ回してきた。


 私は声を出さずに、七海ちゃんの表情を確かめる。

 目は閉じられていて、長いまつげが、わずかに揺れている。


 そのまま、背中に回された腕に応えるように、私はゆっくりと手を伸ばす。

 肩から腕へ、その輪郭りんかくを確かめるみたいに、やさしくなでていく。


 七海ちゃんの呼吸が、少しずつ変わっていくのが伝わってくる。

 緊張と安心が入り混じった、落ち着かないリズム。


 私は、七海ちゃんの首筋に顔を寄せ、唇が触れるか触れないかの距離で、そっと息を落とした。

 それだけで、七海ちゃんの身体が、ぴくりと反応する。

 でも、さっきとは違い、私は少しだけ強く、そして長く、首元へと吸い付く。


 そのまま私は、部屋着の裾を上げるように、片足をすっと差し入れて、ほんのわずかに七海ちゃんの足を開かせる。

 そうして太ももの内側を、そっと触ってあげた。


 そんなわずかな刺激だけで、七海ちゃんは何度か、波が寄せては引くように身体を震わせ、やがてゆっくりと、また静かになっていく。


 落ち着いていく七海ちゃんを見ながら、私は七海ちゃんの身体の上から離れて、ゆっくりと髪をなでる。

 身体を横にふわりと沿わせると、私の胸元に、七海ちゃんはそっと寄り添ってきた。


 私は、七海ちゃんの身体を包むように、ほんの少しだけ、腕に力を込める。

 抱きしめるというよりも、離れないように支えているという感覚に近い、そんな身体の包み方。


(そういえば……この子は、どうして、ここまで、私に身体をゆだねられるのかしら?)


 ふと、そんな疑問が浮かぶ。

 七海ちゃんが私に好意を向けていることは、疑いようがない。

 それどころか、かなり深いところまで、私に気持ちも身体も、預けてきている。


(ベタれ、なのは……たぶん、間違いないんだけど)


 でも、だからといって、それだけで説明がつくほど、単純でもない気がしていた。

 こんなふうに、何度も身体を委ねてくる理由。

 安心、信頼、依存――そのどれか一つではなくて、きっと、全部が少しずつ混ざっている。


 考え込んでいると、胸元で、七海ちゃんが小さく動いた。


「……遥さん」

「なに?」


 問い返すと、七海ちゃんは、私の胸に頬を寄せたまま、少しだけ間を置く。


「今……何、考えてたんですか?」

「どうして?」


「なんか……」

 七海ちゃんは、指先で、私の服をつまむ。

「考えてる顔、してたから」


「ダメ?」

 わざと軽く言うと、七海ちゃんは、すぐに顔を上げた。


「はい」

 はっきりした声。

「私を抱いてるときは……ちゃんと私に、集中してほしいです。ほかのこと考えてたら……イヤです」


 思わず、口元がゆるむ。


「ふふ」

 私は、七海ちゃんを見下ろして、ニヤリと笑った。

「ほかの女の子のことでも、考えてると思った?」


「えっ?」

 パッと顔を上げてきた七海ちゃんは、目を丸くしている。

「そ、そうなんですか……!?」


「違うわよ」

 即座に否定すると、七海ちゃんは、ほっとしたように息をついた……かと思えば、すぐに顔を少しだけ下げた。


「……イジワルなこと、言わないでください」

 声が、少しだけ沈む。

「ビックリ、するじゃないですか。ひどい……です」


「ごめんね」

 私はそう言って、七海ちゃんの頭をやさしくなでた。

 指先が髪をすべるたびに、七海ちゃんの力が、少しずつ抜けていく。


「ただ……」

 なでながら、正直に続ける。

「私のどこを、そんなに好きでいてくれるのかな、って」


「す、好きだなんて……!」

 七海ちゃんは、耳まで赤くなって、あわてて首を振る。


「あら? まさか……」

 私はくすっと笑う。

「私のこと、好きでもないのに、こんなふうに、何度も抱かれてくれてるの?」


「ち、違います!」

 七海ちゃんは、必死に言い返す。

「好きっていうか……そ、その……」


 一瞬、言葉に詰まってから、ぎゅっと私にしがみついた。


「……だ、大好きです!」


 その勢いに、私は一瞬だけ目を見開いてから、すぐにやわらかくほほえんだ。


「知ってるわ、ちゃんと」


 短く、でも確信を込めて答える。

 七海ちゃんは、その言葉に安心したように、私の胸に顔をうずめた。


 私は、背中に回された腕を、そのまま受け止める。

 今はそれで、十分だった。

 言葉も、触れ合いも、ちゃんと同じ速さで、進んできている。


 しばらくして、七海ちゃんの呼吸が、すっかり落ち着いたのを感じる。


「……さあ、七海ちゃん」

「はい……?」


「お望み通り、抱いて、あげたからね」

「あ、ありがとうございます……」


「今度は、あなたががんばる番よ?」

 ゆっくりと身体を起しながら、私は続ける。

「……あなたが約束、したでしょ?」


 そう言うと、七海ちゃんは、少しだけ困ったような顔をしながらも、うなずいた。

「……はい」


 私は、最後にもう一度だけ、頭をなでる。

「今晩のお料理を、しっかりとがんばれたら、ごほうびをあげましょうね」


 その一言で、七海ちゃんの表情が、また少しだけ、明るくなった。

「えへへ……私、がんばります!」

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