5 七海ちゃんの手料理

何が苦手なのかが分からない

【前回までのあらすじ】

 私――桐島きりしま はるかは、職場の後輩の女子・一ノ瀬いちのせ 七海ななみから誘われ、一夜を共にする。その翌日、私は七海ちゃんを自宅へ誘い、再び肌を重ね、一緒に暮らすことに――


――――


「じゃあ……いただきましょうか」

 私がそう言って、スプーンを手に取る。


「いただきます」

 七海ちゃんも、少し背筋を伸ばしてから、きちんとそう言った。


「なんだか、チャーハンばっかりで、ごめんなさいね」

 先に口を開いたのは、私の方だった。

ったものじゃないし」


「いえ、そんな……」

 七海ちゃんは、あわてて首を振る。

「私こそ、ずっと作ってもらってばっかりで、申し訳なくて……」


「それは、そうね」

 私はあっさり言って、スプーンを口に運ぶ。

 一瞬、七海ちゃんが言葉に詰まったのが分かったけれど、すぐに自分の皿へ視線を落として、口にする。


「……っ! おいしい……!」

 七海ちゃんが、声を弾せる。


「そう?」

 私は、七海ちゃんの反応を横目で見て、少しだけ口元をゆるめる。

「それは、よかったわ」


「こんなの……」

 七海ちゃんは、もう一口食べてから、感心したように続ける。

「お店でも、食べたことないです」


「というか、お店で食べられるものはね」

 私は、スプーンを置いてから、言葉を選ぶように続ける。

「お店で食べればいいのよ。わざわざ自分で作る意味は、あまりないわ」


「……あ」

 七海ちゃんは、少し考えるような顔になる。

「それ、確かに……そうかもしれないですね」


「でしょう?」

 私はうなずく。

「だから、家で作るなら、家でしかできないものを、作った方がいいわ」


 七海ちゃんは、もう一度、自分の皿を見下ろした。


「それで……」

 私は、少し間を置いてから、話題を変える。

「さっき、あなたが言ってたことなんだけど」


「え?」

 七海ちゃんが顔を上げる。

「なんですか?」


「ずっと作ってもらってる、って話」


「……あ」

 七海ちゃんは、すぐに思い出したようだった。

「ほんとに、ごめんなさい……」


「謝るのは、もういいわ」

 私はそこで、言葉を切る。

「その代わり……次は、あなたに作ってもらうから」


「えっ」

 七海ちゃんは、目を見開く。

「で、でも……私、お料理は……」


 言いかけて、言葉が止まる。

 一瞬、困ったように視線が泳いでから、小さく息を吸った。


「……いいえ」

 少し間を置いて、言い直す。

「しなきゃ、ですよね」


「そう。分かれば、いいのよ」


「……でも、どうしよう」

 七海ちゃんは、スプーンを置いて、ぽつりとこぼす。

「何から、どうしたらいいか、全然分からないです」


「料理ができない、って言うけど」

 私は、おだやかに問い返す。

「何が苦手なの?」


「……それが」

 七海ちゃんは、さらに困った顔になる。

「何が苦手なのかが、分からないです」


「なるほど」

 私は、少し考える。


「最終的にはね」

 もう一度、チャーハンを口に運びながら続ける。

「このチャーハンみたいに、残ったものから作っていけるのが、家事としては理想なんだけど」


「え?」

 七海ちゃんが、驚いたように私を見る。

「これ……残り物なんですか?」


「そうよ」

 私は、指で軽く数える。

「レタスも、ニンジンも、ひき肉も」


「……」

 一瞬、言葉を失ってから、七海ちゃんは、改めて皿を見つめた。

「どうしたら……残り物から、こういうのが作れるんでしょう……」


「それは……」

 私は、少しだけ声をやわらげる。

「いきなり答えを出すことは、できないわね」


 七海ちゃんの方を見て、はっきりと言った。


「だから、まずは」

「……はい」


「作れそうなものの中から、作りたいものを、探しましょう」

 七海ちゃんは、少し緊張したように、でも、どこか覚悟を決めた顔で、ゆっくりとうなずいた。


「作れそうなものは、何かある?」

 そう聞いてから、私はすぐに付け足した。

「……って言っても、分からないわよね」


「はい」

 七海ちゃんは、素直にうなずく。

「正直、全然分からないです」


「でしょうね」

 私は軽く肩をすくめる。

「工程が少なくて、失敗しにくいものなら……カレー、親子丼、豚の生姜しょうが焼き、あたりかしら」


「生姜焼き!」

 七海ちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。

「私、それ大好きです!」


(……この子に、苦手なものとかあるのかしら)

 そんなことを思いながらも、口元は自然とゆるんだ。


「じゃあ、それにしましょうか」

「はい!」


 元気よく返事をして、七海ちゃんは最後の一口まできれいに食べ終える。

 空いた皿を手に立ち上がり、食洗機へ運ぶと、そのままスマホを取り出した。


「えっと……」

 画面を見つめながら、眉を寄せる。

「生姜焼きのレシピ……いっぱい出てきて、どれがいいのか分からないです」


「ネットで探すときはね」

 私は、テーブル越しに声をかける。

「まず、食品メーカーとか、家電メーカーの公式サイトのレシピを優先しなさい」


「なるほど……」

 七海ちゃんは、真剣な表情で画面をスクロールし直す。

 その表情を見て、私はふと感じる。

 さっきまでとは違う、落ち着いた感じは、とてもかわいらしくて、少しだけ頼もしい。


「……これなんて、どうでしょう?」

 七海ちゃんが、スマホをこちらへ差し出す。

 表示されているのは、大手食品メーカーのレシピページ。

 材料や調味料と、それらの分量も、実際の調理の工程も、過不足なく整理されている。


「うん」

 ざっと目を通して、うなずく。

「これなら、だいじょうぶそうね」


「豚肉と玉ねぎ……」

 七海ちゃんは、指で画面を追いながら確認する。

「調味料は、しょうがと醤油、砂糖と料理酒ですね」


「調味料は、全部あるわ」

 私も食べ終わって、立ち上がる。

「豚肉と玉ねぎだけ、あとで買いに行きましょう」


「じゃあ……」

 七海ちゃんも立ち上がって、少し考えるように言う。

「着替えないと、ですよね」


「そうね」

 私は当然のように答える。


 すると、七海ちゃんが、ほんの少しためらってから続けた。

「その……どうせ着替えるなら……」


「どうせって、何?」

 私は振り返って聞き返す。



「……ついでに、抱いてほしいな、って……」

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