気が向いたら、また

 七海ちゃんの胸元から右手を離し、代わりに唇を寄せる。

 ここまで迫ってしまえば、胸元を強く刺激するのも簡単だ。

 けれど、完全に触れることまではせずに、あえて近づくだけという、その距離だけで、今の七海ちゃんには十分。


 右手はゆっくりと、身体の下の方へと動かす。

 それも動きを急がないことで、七海ちゃんの心に、わずかな迷いを誘う。

 そうして、七海ちゃんの身体の線を、ていねいになぞっていく。


「……っ」

 七海ちゃんの身体が、はっきりと震えた。

 その抑えきれない反応が、こちらにも伝わってくる。


(……ちゃんと、私の動きにこたえている)


 スカート越しに、七海ちゃんの身体の感触を確かめるように、ほんの少しだけ指先の位置を変える。

 直接触れなくても、そこに七海ちゃんの意識が集まっていることが分かる。


 七海ちゃんは、何も言わない。

 ただ、呼吸だけが少しずつ乱れ、七海ちゃんの身体は、簡単に波におおわれていく。


「……あなた、さっき」

 私は、低く落ち着いた声で続ける。

「自分の身体を使って、私を思い通りにしようとしたわね」


 七海ちゃんは、何も言わない。

 視線を落としたまま、小さく息をつめる。


「そうでしょ?」

 私はあくまでもやさしく、もう一度だけ、問いかける。


「……はい」

 ようやく返ってきた声は、ひどくかすれていた。


「覚えておきなさい」

 七海ちゃんのスカートの裾へ、右手を伸ばしながら、静かに言う。

「あなたの身体を使っていいのは……私だけよ?」


 言葉が落ちた瞬間、七海ちゃんの肩が、わずかに跳ねた。


「……ごめんなさい」

 私の胸元へ、顔をうずめたまま、しぼり出すように答える。


「分かれば、いいのよ」

 そう言いながら、私はほんの少しだけ、スカートの裾に指をかける。

 ほんのわずかに持ち上げ、ストッキング越しに、そのやわらかな太ももへ、そっと触れる。

 触れているのは一瞬で、力も入れていない。


 それでも――


「……っ」

 七海ちゃんの身体が、抑えきれずに、より強く反応する。

 声を出さないようにしているのが、逆に、はっきり分かった。


(……正直ね)


 私は、その様子を確かめながら、ゆっくりと手を動かす。

 そんなやわらかな刺激こそ、今の七海ちゃんが望むものだ。


 しばらく、そんな時間が続いたあと――

 ふっと、七海ちゃんの身体から、力が抜けたのが分かった。


「……」

 私はそれに気づいて、右手の動きを止める。

 左手も、そっと七海ちゃんの手首から離した。


 両手でそっと、ブラウスのボタンを一つずつ戻してあげて、そのまま、両腕で、やさしく包むように抱きしめる。

 さっきまでの緊張がほどけるまで、抱擁ほうようを続ける。


「……指導は、どうだった?」

 耳元で、静かにたずねる。


「あ、ありがとう、ございました……」

 七海ちゃんは、小さく息を整えながら答える。

「……先輩」


「いいのよ、一ノ瀬さん」

 私は、落ち着いた声で返す。

「私も……楽しかったわ」


 少し間を置いて、七海ちゃんが、遠慮がちに続ける。

「……また、お願いします」


「そうね」

 私は、ほんの少しだけほほえんだ。

「気が向いたら、また……指導してあげる」


「……はい」

 七海ちゃんは、私から離れると、少しふらつきながら立ち直ろうとする。

 その様子を見て、私は一歩、近づいた。


「シャワー、浴びてきなさい」

「……行ってきます」


 七海ちゃんが浴室の方へ向かい、私はその背中を見送る。



(……さて、シャワーから戻ってくる前に、お昼ごはんの仕上げをしないとね)


 コンロの火をつけ、フライパンを置き、ごま油をたっぷり垂らすと、台所がぐっと香ばしくなる。

 解凍していたひき肉とニンジンを入れ、塩とコショウを振って、レードルで全体を混ぜ合わせる。

 炊き上がっていたご飯を、いったん皿によそう。

 少なめにした私の分のご飯を、フライパンへ移し、その上から卵を割り入れる。

 鶏ガラ調味料を加えてしっかりと混ぜ、レタスも加えて一気に炒め終える。


 火を止め、皿に盛りつけたところで、足音が聞こえた。

 振り返ると、ワンピースの部屋着に着替えた七海ちゃんが、リビングに戻ってきていた。


「ちょうどいいところね、

 七海ちゃん用の分を炒め始めながら、声をかける。


「せんぱ――」

 そう言いかけて、七海ちゃんはあわてて言い直す。

「……遥さん」


 私の名前をそう呼び直す声からは、どこか改めての、照れくささを感じる。

 それでも七海ちゃんは、カウンターに置かれた皿を見て、すぐに動き出す。

「これ、運んじゃいますね」


「うん、それは私の分。お願いね」

「はい」


 棚からスプーンを二つ出し、それと一緒に七海ちゃんは、リビングへ向かう。

 七海ちゃん用の分も仕上がり、火を止めて皿に盛りつけていると、七海ちゃんが戻ってきた。


「あの……」

「ん? どうしたの?」


「なんか……私の分、ずいぶん多くないですか?」

「そう?」


 私は、特に悪びれずに答える。

「どうせあなた、私よりたくさん食べるでしょ?」


「それは……そうですけど」

 耳まで赤くなっているのを見て、私はくすっと笑った。


「それで足りなかったら、また私の分をあげるから」

「そ、そんなには、食べないですよ……たぶん」


 七海ちゃんは、少しだけはずかしそうに運びながら、どこかうれしそうにも見えた。

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