少し好きになれた、自分の身体

 部屋の明かりを落とすと、昼間とはまるで違う静けさが広がった。


 二人で並んでベッドに入ると、七海ちゃんはためらうことなく、私の方へ身体を寄せ、私の胸に頭を預ける。


「……」

 何も言わずに受け止めると、七海ちゃんの呼吸が、少しずつ落ち着いていくのが分かった。

 私は、七海ちゃんの背中に手を回し、ゆっくりとなでる。

 一定のリズムで、やさしくなぞっていく。


「……七海ちゃん?」

 そう呼びかけると、胸元で小さく声が返ってきた。


「……はい」

 しばらく沈黙が続いてから、七海ちゃんは、ぽつりと話し始めた。


「私、ずっと……自分の身体、キライだったんです」

 その言葉に、私は手を止めずに、問いかける。


「どうして?」

 少し間があってから、七海ちゃんは、言葉を選ぶように続けた。


「男の子とかに、興味を持てなくて。それでも……周りの女の子たちは、『誰がいい?』とか聞いてくるし……」

 指先が、私の服を、ぎゅっとつかむ。

「それで……誰かの名前を出したら、その身体で誘ってるって言われたこともあって」


 息を吸う音が、少しだけ震えた。


「だから……誰がいいとか、絶対、言わないようにしてたんです」

 私は、何も言わずに、背中をなで続ける。

「でも、男の人は……私の身体、じろじろ見てきたりして……」


 七海ちゃんの声は、静かだけど、奥に溜め込んだものがにじんでいた。

「……私、この身体のせいで、変に誤解されるなら、最初から、なかったほうがいいって、そこまで思ってました」


 その言葉に、胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

 私は、少しだけ腕に力を込めて、七海ちゃんを包む。

 七海ちゃんの声が、ほんの少しだけど、やわらかくなる。


「それでも昨日、遥さんが、私をとても大切に扱ってくれて」

 指先が、私の服を離す。

 代わりに、胸元に、そっと手を置く。

「触れ方も、言葉も全部。それで初めて、この身体をいいって、思えたんです」


 私は、その言葉を、すぐに返せなかった。

 代わりに、背中をなでる手を、もう一度、ゆっくりと動かす。


「……よかったわ」

 七海ちゃんの身体が、わずかに強張こわばる。

「あなたが、あなたとして、ここにあるんだから」


 私の胸に、七海ちゃんの顔が、もう一度、深くうずめられる。

「……はい……」

 その返事は、とても小さくて、でも確かに、私の胸に、あたたかく残った。


 そのまま、七海ちゃんの呼吸は、ゆっくりと、規則正しいものに変わっていった。


「……」

 私の胸元に伝わる重みが、少しずつ増していく。

 まぶたが完全に閉じられているのを見て、私は小さく息を吐いた。


(……やっぱりね)


 心の中で、そう思う。


 あれだけ、何度も気持ちよくされ、夕食もほとんど二人分を食べて。

 お風呂ではきっちりと温まって、少しアルコールも入って。

 そんな状態で、静かな部屋で、大好きな人にやさしくなでられてたら、寝てしまわない方が、むしろ不思議だ。


 私は、七海ちゃんの背中に回していた手を、そのまま動かさずにいる。

 起こさないように、でも、離さないように。


(……明日の朝、怒るかしら)


 ふと、そんなことが頭をよぎる。

「遥さんに、無理やり寝かしつけられました!」とか、すねた顔で言われるかもしれない。

「いつの間にか、寝ちゃいました……」なんて、がっかりした様子で、告げてくるかも。


 それでも、私の胸に顔をうずめたまま、無防備に眠る七海ちゃんの寝顔を見ていると、そんな心配なんて、どうでもよくなってくる。

 さっきまでの緊張も、戸惑いも、全部ほどけたみたいに、唇も少しだけゆるんでいる。

 私は、思わず、じっと見つめてしまう。


(……ほんとに、素直)


 感情も反応も、眠気まで、全部隠さずに、正直に出てしまう。

 これまでこんなふうに、安心しきった顔で眠られたことはなかった。


 私はそっと、七海ちゃんの髪に、指を通す。

 起こさないように、ほんの一度だけ。

 そのまま私は、しばらく寝顔をながめ続けた。


 眠ったままの七海ちゃんを、ほんの少しだけ、腕の内に引き寄せる。


「……」


 意識して力を入れなくても、すっと収まる。

 改めて、抱き心地がいいな、と思う。


 大きすぎず、小さすぎず、やわらかさも体温も、ちょうどいい。

 何より、余計な緊張がない。

 七海ちゃんの身体のぬくもりが、じんわりと胸に広がる。


(……これは、反則ね。心地よすぎて、手放せないわ)


 こうして眠っている分には、何の手間もかからない。

 でも、起きている七海ちゃんを思い浮かべると、少しだけ苦笑してしまう。


 毎日どころか、いつでも抱きついてきそうだし、脱いだものでもなんでも、そのまま置きっぱなしにしそう。


(一緒に暮らすには……ちょっと、めんどくさそう)


 これが正直な感想だ。

 でも、胸元で眠る七海ちゃんは、まるで疑うことを知らないみたいに、安心しきっている。

 私に、全幅の信頼を置いているのが、はっきりと伝わってくる。


(……ほんと、分かりやすい)


 一緒に暮らすなら、日々の生活のことは、一つずつ教え込んでいく方がいい。

 無理に変える必要はないけれど、少しずつ整えていくくらいが、ちょうどいい。


 私に対する好意は相当なもの、というより、かなりのベタれだ。

 それをうまく、使ってしまえばいい――あくまでやさしく、最終手段として、だけど。


(……そう、ゆっくりと、仕込んでいってあげよう)


 私は、七海ちゃんの背中に回した腕をそのままにして、その寝息のリズムに合わせ、目を閉じた。

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