全部、見抜かれてる

「……バレた理由を、知りたいの?」

 私は、湯の中で指先を軽く動かしながら、そう聞いた。

 七海ちゃんは、少しだけ目を見開いてから、こくりとうなずく。


「……知りたい、です」

 その即答に、私はわずかにまゆを上げた。


「……聞かない方がいいことも、あるかもよ?」

「……そうなんですか?」


 不安と好奇心が、同時に混ざった声。

 私は、ひと呼吸置いてから、肩をすくめる。

「まあ、いいわ」


 湯気の向こうで、七海ちゃんが少し身構えるのがわかる。

「まずね、あなたが言った、追い出されるっていう理由自体、ちょっとおかしかったの」


「……おかしい?」

「ええ」


 私は淡々たんたんと続ける。

大家おおやさんって、そんな簡単に、住んでる人を追い出せないのよ」


 七海ちゃんは、目をまたたかせる。


「なのに、急に『閉鎖するから出て行って』なんて……」

 首を小さく振る。

「正直、唐突とうとつすぎる」


「……」

「それに」


 私は、少しだけ身を乗り出す。

「普通のワンルームとかならともかく、シェアハウスでしょ?」


 七海ちゃんの視線が、ゆっくりこちらに向く。

「みんなで住んでる場所を、理由もろくに説明せずに閉める、なんて言われたら」


 私は、わざとらしく肩をすくめた。

「共同生活をしてる人たちなんだもの、普通は――」


「……あ」

「そう、とりあえずみんなで集まって、普通は、みんなで文句言うし、抵抗もする」


 はっきりと、断言する。

「少なくとも、『はいそうですか』って、全員が素直に出て行く、なんてことはないわね」


 七海ちゃんは、しばらく黙っていた。

 それから、力なく笑う。

「……そこまで、考えてなかったです……」


「でしょうね」

 私は、ため息まじりに言う。

「まあ、世の中には、理不尽なこともあるし……」


 少しだけ、声を落とす。

「そういうケースが、絶対ない、とは言わないわ」


 七海ちゃんは、神妙な顔でうなずいた。


「でも、決め手は、そこじゃない」

「……え?」


 七海ちゃんが、きょとんとする。

「あなたの、様子よ」


 そう言うと、七海ちゃんの肩が、ぴくっと跳ねた。


「とにかく、私の家に――」

 指で軽く、湯の表面をなぞる。

「一秒でも早く、着きたがってた」


「……」

「家に入るなり、抱いてください、って懇願こんがんして」


 七海ちゃんの頬が、みるみる赤くなる。

「私の手で満足したら、今度は」


 私は、わざと淡々と続ける。

「『お腹すきました』でしょ? マイペース過ぎるわよ」


「……うぅ……」

 七海ちゃんは、両手で顔をおおった。

「……やっぱり……聞かなきゃ、よかったですかね……」


 小さな声で、そう言う。


「そうね。でも……いいのよ? ワンチャン、泊まってっちゃえ! なんて気でいるくせに――」

 私は、くすっと笑って、続ける。

「着がえどころか、替えの下着の用意もせずに、けつけてくるなんて、ちょっとかわいらしいし」


 湯の中で、姿勢を少し楽にする。

「それに、そんなの、こまかいことだから」


 七海ちゃんが、そっと顔を上げる。

「……細かい?」


「ええ」

 私は、少しだけ意地悪いじわるな笑みを浮かべる。

「ただね、あなた、さっき……」


 視線を、ふっと横に流す。


「……?」

「自分のショーツ、置きっぱなしで、お風呂に行こうとしたでしょ?」


「……っ!」

 七海ちゃんの顔が、一気に真っ赤になる。

「……え……?」


「ノーパンで、リビングに戻ってくるつもりだったの?」

「い、いや……!」


 あわてて首を振る。

「パンツのことまで、全然、考えてなくて……」


 私は、くすくすと笑う。

「まあ、私が脱がしたものだったしね」


 軽く肩をすくめる。

「そのまま置きっぱなしでも、仕方ないかな、とも思ったんだけど」


 七海ちゃんが、ますますちぢこまる。

「でもあなた、『行為の前にもキスしろ』とか、自分の欲望からくることには、いくつでも細かいこと言うから」


 私は、わざとらしくため息をつく。

「ちょっと、からかってやれ、って思って」


 私は、そう前置きして、七海ちゃんの様子をもう一度、そっと確かめる。


「だって、あなた」

 声の調子を、少しだけ軽くする。

「私が少しれただけで、分かりやすく反応するでしょう?」


「……っ」

 七海ちゃんは、言い返そうとして、結局できずに黙り込む。

 否定はしない――それが答えだった。


「それどころか、触れるか触れないか、くらいのところでも」

 私は、言葉を選びながら続ける。

「それなりに、ドキドキしちゃってるみたいだから」


 湯の中で、七海ちゃんの指先が、きゅっとにぎられる。

「だからね」


 私は、淡々と、でも少しだけ意地悪い調子でささやく。

「ほんのちょっとだけ、微妙なところに触れて、じらして」


 そうして、わずかに指を動かす。

「そのあとで、『もう、続きはしない』って、軽くおどしてあげれば――」


 視線を、七海ちゃんに戻す。

「……本当のこと言うかな? って、思っただけ」


 しばらく、沈黙が流れる。

 湯の音だけが、やけに大きく聞こえる。

「……先輩……」


 七海ちゃんは、耳まで赤くしながら、小さくうつむいた。

「……全部……見抜かれてるみたいで……」


「私が見抜いた、というより」

 私は、肩をすくめる。

「……分かりやすすぎよね、あなたは」


「……本当に……」

 七海ちゃんは、深々と頭を下げるようにして、湯の中で身を丸めた。

「すいませんでした……」


 その様子を見て、私は、小さく笑いながら息をつく。

 湯気の中、空気はもう、さっきほど張りつめてはいなかった。

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