ためらいと確信の、ちょうど真ん中

 うなずいた、その七海ちゃんの小さな動きを見届けてから、

 私は、もう一度だけ深く呼吸した。


 あせらない。

 けれど、戻らない。


 私の手をゆっくりと身体の前へ、七海ちゃんの胸元へと回していく。


 七海ちゃんの身体に沿って、あえて遠回りするように。

 触れるか、触れないか、その境界をなぞるように。


 ワンピースのやわらかな布越しに、七海ちゃんの体温が伝わってくる。


 昨晩、確かめた場所。

 七海ちゃんが、言葉にしなくても、息や、指先や、体の小さな反応で、ここが一番心地よいと、教えてくれた場所。


 私は、そこに――

 そっと、手を添えた。


 包み込むように。

 押すでも、探るでもなく。

 ただ、そこにあることを確かめるみたいに。


 七海ちゃんの呼吸が、はっきりと変わる。


 吸う息が短くなり、吐く息が、わずかに震える。


 それでも、逃げない。

 身体を引くことも、身を固くすることもない。

 ただ、私の腕の中で、小さく、正直に反応している。


(……だいじょうぶ)


 そう言い聞かせるように、私は手の力を、ほんの少しだけゆるめる。


 触れているのは、布の上から。

 けれど、七海ちゃんの体は、その奥でちゃんと応えていた。


 心地よさと、安心して委ねている、という感覚。


 私は、指先を動かさず、手のひら全体で、そこにある温度を味わう。


 七海ちゃんの額が、私の胸元に、さらに深く押し当てられる。

 無意識に、距離を縮めるみたいに。


 その仕草が、私の胸の奥を、静かに締めつけた。


 私は、腕の中に伝わってくる、七海ちゃんの胸元のやわらかな存在感を、呼吸や体温の揺れごと、静かに受け止めるように味わう。

 それでも名残なごりを引きずらないように、そっと意識を切り替えて、ゆっくりとその手を離した。


 ほんの一瞬だけ、指先が布の上をすべる。


 それから――

 今度は、下へ。


 七海ちゃんの身体の線をなぞるように、腰のあたりをかすめ、

 さらに、足のほうへと、慎重に。


 急がない。

 触れている時間よりも、近づいていく時間を、大切にするみたいに。


 私の手が離れたことで、七海ちゃんの呼吸が一瞬、探すように揺れた。

 けれど、すぐに逃げることはなく、ただ、私の動きを、全身で受け止めようとしている。


 ワンピースの部屋着のすそに、指先が触れる。

 薄い布が、七海ちゃんの体温を含んで、やわらかく指にからむ。


 私は、その裾を、ほんの少しだけ持ち上げる。

 ためらいと、確信の、ちょうど真ん中くらいの動きで。


 七海ちゃんの太ももが、そっとベッドの中で、あらわになる。

 白くて、柔らかくて、でも、ちゃんと生きている温度を持った肌。

 私は、そこに手を置く。


 包むでも、つかむでもない。

 ただ、手のひらを預けるように。


 七海ちゃんの身体が、びくり、と小さく反応する。

 でも、そのあと――

 私の胸元に触れている額が、離れない。


 むしろ、さっきよりも少しだけ、体重を預けてくる。

 私は、その変化を見逃さず、手の力を、さらにゆるめた。


 太ももの上を、円を描くように、ゆっくりとなぞる。

 同じ場所を、何度も。

 確認するみたいに。


 七海ちゃんの呼吸が、また変わる。

 深くはない。

 けれど、確かに、意識している呼吸。


 私は、彼女の背中に回していた腕を、少しだけ強める。

 抱き寄せる、というより、「ここにいていい」と伝えるみたいに。


 七海ちゃんの身体が、完全に私のほうへと傾いた。

 太ももに置いた手の下で、筋肉が、わずかに緊張して、それからゆっくりと、ほどけていく。


(……触れられることを、拒んでいない)


 その事実が、私の胸の奥を、静かに満たしていく。

 私は、手を動かし続ける。

 上へも、下へも行かず、ただ、そのやわらかさと、温度と、七海ちゃんが「ここにいる」感覚を、確かめるためだけに。


 七海ちゃんは、何も言わない。

 けれど、私の腕の中で、ちゃんと応えている。


 太ももに置いていた私の手は、円を描く動きをやめ、今度は、ほんの少しだけ――上へ向かう。

 七海ちゃんの身体の中心へ、近づいていくような軌道。


 布越しに伝わる感触が、太ももとは、また違うやわらかさを帯び始める。

 私は、その違いを、意識の奥で確かめながら、手の位置を、わずかに変えた。


 指先ではなく、手のひらの、いちばん感覚の鈍い部分で、七海ちゃんのワンピースの下、ショーツの存在を、はっきりと感じ取れる場所へと近づけていく。

 そこに、触れるか、触れないか――その境界で、ほんの一拍、止まる。


 七海ちゃんの身体が、それに反応するみたいに、ぴくり、と揺れた。

 呼吸が、目に見えて乱れる。

 胸元に押し当てられていた額が、わずかにれて、吐く息が、熱を帯びてもれた。


「……っ」


 声とも、息ともつかない音。

 私は、何も言わないまま、その反応を否定しない位置に、そっと手を置いた。


 ショーツ越しに伝わる、丸みと、張りと、意識されている温度。

 直接触れているわけではないのに、七海ちゃんの全身が、そこを中心にして、反応しているのがわかる。


 肩が、わずかにすくむ。

 逃げない。

 でも、受け止めきれないほど、正直だ。


 私は、手のひらを動かさない。

 代わりに、ほんの少しだけ、体重を預ける。

 圧をかけるというより、「そこにある」と伝えるための重さ。


 七海ちゃんの反応は、今度は、はっきりと全身に広がった。

 背中が、小さくる。

 脚が、無意識にすり合わせられる。

 呼吸が、完全に一定を失う。


 それでも――私から離れようとはしない。

 むしろ、胸元に押し当てられていた額が、さらに深く沈み込んでくる。


(……全部で、感じている)


 私は、その事実を、指先よりも、ずっと深いところで受け止めた。

 だから、あせらない。

 触れている手は、位置を変えず、力も強めず、ただ、そこに留まる。


 七海ちゃんの身体が、自分から、その感触に慣れていくのを、待つ。

 呼吸が、荒くなって、それでも少しずつ、私のリズムに近づいてくる。


 私は、背中の腕を、わずかに動かし、なでるでもなく、抱き直すみたいに、位置を整えた。


「……だいじょうぶ?」


 その言葉を、音になるかならないかのところで、彼女の耳元に落とす。

 七海ちゃんは、返事をしない。

 けれど、その代わりみたいに、全身で、私に身を預けてきた。


 私は、その重さと、温度と、大きくなった反応の全てを、静かに受け止め――

 七海ちゃんのワンピースの裾をたくし上げながら、手を、さらに上へと、動かしていく。

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