もう一度、心地よい場所を

 さっきは布越しに、七海ちゃんの心地よい場所が、ただそこにあることだけを確かめた。

 だから今は――

 もう一度、同じ場所へと、手を近づけていく。


 私は、七海ちゃんの反応を、先に受け取るために、あえて視線を落とさず、呼吸と、体の小さな揺れだけに意識を向ける。


 七海ちゃんのワンピースの裾は、たくし上げられたまま、私の手は、ゆっくりと、昨夜も、さっきも、七海ちゃんが一番心地よいと、正直になった場所の“手前”へ。


 だけど、すぐには触れない。

 ほんの数センチ、距離を残したまま。


 七海ちゃんの身体が、それだけで、はっきりと反応を変えた。

 呼吸が、止まりかける。

 私のバスローブに触れていた指先が、少しだけ食い込む。


 さっきまでの「受け止めている」呼吸じゃない。

 待たされている、という緊張。


 私は、そこで、あえて動きを止める。

 近づけた手を、そのままに。

 触れないまま、距離だけを保つ。


 七海ちゃんの身体が、無意識に、その手を追うみたいに、ほんの少しだけ、揺れた。

 でも、私は動かない。


 待つ。

 七海ちゃん自身が、自分の気持ちに追いつくのを。


「……っ」


 小さな音。

 それでも、まだ、言葉にならない。


 私は、ほんの少しだけ、指先を動かす。

 触れるのではなく、触れそうになるだけ。


 それが、決定的だった。


 七海ちゃんの身体が、びくり、と大きく反応する。

 脚が、耐えきれないみたいに動き、背中が、私の腕の中で、強くる。

 呼吸が、完全に乱れた。


「……せ、んぱ、い……」


 ようやく、声になる。

 震えていて、でも、はっきりと私を呼ぶ声。


 私は、まだ触れない。

 その代わり、背中に回した腕を、ほんの少しだけ強める。

 逃がさない。

 でも、進めない。


「……おねが、い……」


 七海ちゃんの声が、今度は、はっきりと私を求めていた。


 理由も、言い訳もない。

 ただ、それだけ。

 私は、そこで、ようやく息を吐く。


 ――そんなお願いを、断ることが、できるはずもない。


 静かに、確かめるように、さっきまで“手前”で止めていた手を、ゆっくりと、進める。

 七海ちゃんの身体が、その瞬間を、全身で受け止めた。


 息が、詰まる。

 指が、私の服を強くつかむ。


 私はあせらず、でも、もう迷わず、その場所に手を添えた。


 さっきよりも、はっきりとした反応が、返ってくる。

 七海ちゃんは、声を出さず、ただ、私の腕の中で、正直に震えていた。

 私は、その反応を、拒まず、否定せず、受け止める。


 でも、私は、その場所に添えた手を、すぐには動かさなかった。

 触れている、という事実だけを、まずは、七海ちゃんの身体に受け取らせたい。


 すると、七海ちゃんの身体の反応は、さらに大きくなった。

 背中が、私の腕の中で、はっきりと揺れる。

 呼吸が、浅く、速くなって、それでも、逃げる方向には動かない。


 私は、そこで、ようやく手を動かす。


 ゆっくりと。

 確かめるように。

 押し付けるのではなく、なでる、というほど軽くもなく。


 七海ちゃんの身体が、その動きに合わせて、正直に反応する。


 肩が、びくっと跳ねる。

 脚が、無意識にからめられる。

 吐く息が、短く、熱を帯びていく。


 私は、その反応を合図にする。


 強すぎるところでは、止める。

 求められているところでは、少しだけ続ける。


 七海ちゃんの身体が、どう動けば、どう震えるのか。

 どういう間で、どう変わるのか。

 それを、手のひらで、静かに読み取っていく。


 波が、訪れる。

 七海ちゃんの身体が、ぎゅっと力を込めて、そのまま、ほどける。


 また、波が来る。

 今度は、さっきよりも少し大きく。

 でも、長くは続かない。


 私は、そのたびに、手の動きを、ほんの少しだけ変える。

 速くはしないし、深くもしない。

 ただ、七海ちゃんの反応に合わせて、形を変えていく。


 七海ちゃんには、身体がもてあそばれていると、とられるかもしれない。

 それでも、私に委ねられた身体を、受け止めながら、導いている感覚。


 何度か、そんな波が押し寄せて、やがて、七海ちゃんの身体は、少しずつ落ち着いていった。

 呼吸が、深くなる。

 背中の緊張が、ほどけていく。


 私は、それを感じ取って、手の動きを、自然とおだやかにしていく。


 さっきまでの、波を導く動きではなく、「ここにいる」という安心を伝えるための動きに。

 七海ちゃんの身体が、私の腕の中で、完全に身を預けてくる。


 しばらく、静かな時間が流れた。


「……せん、ぱい……」


 かすれた声。

 私は手を止めて、もう新たな刺激は加えないようにして、返す。


「どうしたの?」


 少しの間があって、七海ちゃんの身体が、わずかに、もぞもぞと動いた。


 それから、顔を、ほんの少しだけ上げる。

 今までで、たぶん――今日一番、はずかしいという感情がくみとれる。

 頬が、耳まで赤くなっていて、目も、ちゃんとこちらを見られていない。


「……あの……」


 小さく、息を吸って。


「……おなかが……すきました……」


「え……?」

 一瞬、私は、その言葉の意味を、理解することができなかった。

 それから――思わず、息をもらす。

 笑い声になる手前で、でも抑えきれない。

「ここで……そう来る?」


 七海ちゃんは、ますます顔を伏せて、でも、逃げない。


「……だって……お昼から……何も……」


 その言い訳みたいな声が、あまりにも正直で。

 私は、手を、完全に離す。

 そして、七海ちゃんを抱き寄せたまま、額に、軽く額を当てた。


「じゃあ……」

 声を、いつもより少しだけやわらかくして。

「何か、食べようか」


 七海ちゃんの身体が、ほっとしたみたいに、ゆるむ。

 さっきまでの熱は、いったんそこで、静かに収まった。


 それでも、その余韻よいんだけは、確かに、二人の間に、残っていた。

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