一番、心地よい場所

 抱きしめる腕の間で、七海ちゃんがかすかに震える──でも、それは怖さじゃない。

 期待と、迷いと、新しい気持ちが混ざった震え。


 私も同じだった。

 胸がどうにかなりそうなのに、離れたくなかった。


 七海ちゃんがもう一度、小さく息を飲む。

 その音が、次の段階へと続く合図のように思えた。


 そっと彼女の肩に頬を寄せる。


 七海ちゃんが腕の中で小さく呼吸するたびに、バスローブ越しの身体がそっと揺れて、そのやわらかさが、私の手のひらへゆっくり伝わってくる。


 こんなふうに誰かを抱きしめて、ただ体温だけを確かめ続ける時間なんて、今までなかった。

 七海ちゃんの細い肩、華奢きゃしゃな腰、触れるたびにわかる緊張──その全部が、私の胸の奥を熱くする。


 七海ちゃんははずかしいのか、ずっと顔を伏せたまま。

 たぶん、怖いわけじゃない。

 それどころか、近くに身を寄せるたびに、そっと私の指先を受け入れてくれている気がした。


 私は、七海ちゃんのお尻に添えていた手を、ゆっくりと動かした。

 急がないように、でも離れないように。

 バスローブの布をなぞるようにして、腰の丸みから、ふわりとその上へ、背のあたりへ。


 七海ちゃんが小さく息を吸う。


「……先輩……?」

 声は震えているのに、止めてとは言わない。

 そうした震えが、どんな気持ちから来ているのか、触れている私にはもうわかってしまう。


「だいじょうぶ。怖くないよ」

 ささやくように言いながら、私はもう片方の手もそっと添えて、七海ちゃんを正面から抱きしめた。

 その胸元──ローブの合わせ目のあたりで、七海ちゃんの体温が一番よく伝わる場所。


 迷わせないよう、確かめるように、胸のあたりへ手を沿わせていく。

 肌に直接触れてはいないけれど、七海ちゃんの身体がわずかに強張こわばるのが、布越しでも伝わってきた。


 それでも、逃げる気配はどこにもない。

 むしろ、胸元に触れた私の手に合わせるように、七海ちゃんはそっと息を吐いた。


 顔はまだ伏せたまま。

 でも──受け止めてくれている。


 七海ちゃんが、ぎゅっとバスローブのえりを握る。


「……先輩……その……」

 言いかけて、声が途中でほどける。

 言葉にならない気持ちが、腕の中で熱を帯びていく。


 私はその胸元に添えた手に、少しだけ力を込めた。

 七海ちゃんが、震えながらも私に身を寄せてくる。

 その温度が、これからの続きを静かに示していた。


 七海ちゃんの胸元に添えていた手を、私はそっと動かした。

 彼女の反応を一つずつ確かめるように。


 私より少し──いや、思っていたよりずっと豊かな、七海ちゃんの曲線。

 バスローブ越しでも感じ取れるその柔らかさに、指先がふわりと沈む。


 七海ちゃんが、息をこぼした。


 驚きでも拒絶でもない。

 触れられた場所が、どうしてそんなふうに反応するのか、本人ですら追いつけていないような、戸惑いと甘さが混ざった息。


 私は手を止めないまま、七海ちゃんの肩に軽く額を寄せた。

 近くで感じる呼吸が、触れ合うたびに少しずつ乱れていく。


 どこが一番心地いいのか──

 その答えを急がず、探るみたいに、布の上からゆっくり、ていねいに手を動かしていく。

 押しつけるのではなく、触れた場所がどう反応するかを感じ取りながら。


 七海ちゃんは、全身でこたえてくれる。

 肩が小さく震えて、背中がわずかに丸くなる。

 胸の上をなぞる私の指に合わせて、ほんの少しだけ身を寄せてくる。

 伏せていた顔が、こらえきれないみたいに私の肩に触れた。

 そのたびに、七海ちゃんの呼吸がかすかに熱を帯びる。


 私はその温度を逃さないよう、胸の曲線をなぞりながら、場所を変える。

 触れ方を変える。

 軽い圧と、浅いなで方と、その中間のやわらかい動きと。


 七海ちゃんが、喉の奥で小さく息を飲んだ。

 声にはならない。

 けれど、その沈黙がいちばんわかりやすくて、いちばん正直だった。


 七海ちゃんの指が、ゆっくりと私の服の裾をつかむ。

 ギュッとにぎるのではなく、頼るように添えるだけ。

 でもそのかすかな力だけで、七海ちゃんが今どんな気持ちなのか、全部読み取れてしまう。


「……七海ちゃん?」

 名前を呼ぶと、彼女の肩がかすかに揺れた。

 呼ばれたくて望んだ名前だから、その反応はまっすぐ胸に響く。


 七海ちゃんは顔を上げられないまま、私の胸に額を寄せて、そっと呼吸を整えようとする。

 でも整わない。

 触れられるたびに、新しい熱が積み重なっていく。


 私は胸の上に置いた手の動きを、ほんのわずかに優しく、慎重にした。

 安心して身を預けられるように。

 それでいて、彼女が求めた気持ちを裏切らないように。


 七海ちゃんはすぐに、その変化に気づいた。

 息が一つ、深く落ちる。

 そして次の瞬間、胸元の布の上から感じる七海ちゃんの鼓動が、はっきりと速くなった。


 私は、胸元に添えた指先が触れた場所──

 七海ちゃんが一番強く反応したそこを、そっと確かめた。


 触れた瞬間、七海ちゃんの呼吸がふっと跳ねる。

 肩が小さく揺れて、背中がびくんと震えた。


 ああ……ここなんだ。


 そう理解したとき、胸が痛いほどに甘く締めつけられた。

 七海ちゃんの身体が、私の触れ方に応えてくれている──

 その事実だけで息が詰まる。


 私は、その場所を大事に扱うように、指先の力をほんのわずかに変えた。

 押すでも、つまむでもない。

 きわめて浅い“触れる”だけの動き。


 それなのに。


「……っ、せんぱ……い……っ……」


 七海ちゃんの声が、私の肩にぬれたみたいに落ちてきた。

 伏せた顔のまま、私の胸に額を押しつけてくる。

 震えが腕の中で大きくなっていく。


 怖がってはいない。

 むしろ──止められないみたいに、反応が深くなる。


 私は七海ちゃんの背中を、もう片方の手でそっと支えた。

 逃がさないように、でも抱きしめすぎないように、慎重な腕の動きで。


 胸元に触れる指をもう少しだけ動かす。

 七海ちゃんの身体が、反射みたいに小さく弾んだ。


「……ん……っ……!」


 声を抑えようとするほど、肩が震えていく。

 七海ちゃんの手がバスローブの胸元をきゅっとにぎり、私の服の裾を探すように指先がすがりつく。


 その仕草全部が、まるで「もっと」と言っているみたいで、私の心まで甘くしびれてしまう。


「七海ちゃん……だいじょうぶ、ね……?」

 問いかけると、七海ちゃんは私の胸に顔をうずめたまま、小さく首を縦に振った。

 その動きが胸の上に伝わってくるたび、息が苦しくなる。


 私は、その一番心地よい場所を、ていねいに、ていねいに確かめ続けた。


 押しつけないし、刺激しすぎない。

 でも、ちゃんと触れているとわかるくらいの、浅くてやさしい手つき。


 そのたびに七海ちゃんの体温が上がっていくのが、布越しでもわかった。

 胸元が上下する呼吸が早くなり、脚の力が少し抜けて、私のほうへ重心を預けてくる。


「……せ……んぱい……や、あの……っ……」

 七海ちゃんが言いかけて、言葉にならないまま息をのむ。

 声だけで、どれほど感じているのか、全部わかってしまう。


 私は、七海ちゃんが無理していないか確認しながら、その場所を、触れられる以上は強すぎない範囲で、繰り返しなぞった。


 七海ちゃんの指が、私の肩にそっと回る。

 つかむでも抱きしめるでもなく、ただ自然と伸びてきてしまったような動き。


 その仕草が、私自身の喜びに直結していることに気づいた。

 触れれば触れるほど、七海ちゃんの反応が心に響いて、胸の奥まであたたかくなる。


 彼女が震えてくれることが、うれしい。

 求めてくれているのが、伝わる。

 それが、こんなにも満たされるなんて──。


 七海ちゃんは、私の腕の中で細かく震えながらも、ずっと逃げずに、私に身を預けていた。

 私の指の動きに合わせるように、呼吸が浅く、熱くなる。


「……っ……先輩……!」


 私の名前を呼ぶ声は、もう甘さを隠しきれていない。

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