もう後戻りは、できない
七海ちゃんは言いにくそうに口を開いて、でも最後まで言わない。
私は息をのみ、彼女の顔をのぞき込む。
七海ちゃんは唇をきゅっと結び、まつげを伏せた。
次の瞬間。
――そっと、私の胸のあたりに額を寄せてきた。
自分からゆっくりと、甘えるように。
その仕草があまりにやわらかくて、私は反射的に抱き寄せた。
七海ちゃんの体が、小さく震えながらも、すぐに私に預けられてくる。
そこには明確な、求める気配があった。
まだ控えめで、不器用で、ためらいだらけの小さな勇気。
だけど確かに、七海ちゃんの中で何かが変わっていくのを感じた。
そして、七海ちゃんは胸元で小さな声を落とした。
「……先輩……続き……したい、です……」
言葉にしなくても、その震えで全部伝わってしまう。
私の喉が熱くなる。
「七海ちゃん……」
呼ぶ声が、少しだけかすれてしまった。
七海ちゃんは顔を上げず、ぎゅっと私のバスローブをにぎったまま。
私はそっと彼女の髪に指をすべらせる。
もう、ここで終わりにはできない。
彼女が求めてきた瞬間を、聞き流すことなんてできなかった。
そのまま抱き寄せ、七海ちゃんの
七海ちゃんは息を吸い、私の胸元で小さく震える。
部屋の空気が、甘く、ゆっくりと沈んでいく。
触れ合う鼓動だけが、やけにはっきり聞こえる。
この続きは、きっともう後戻りできない。
七海ちゃんが、そっと顔を上げる。
瞳が、私を迷わず捕らえる。
「……先輩……お願い、します……」
その一言が落ちた瞬間、七海ちゃんのまわりの空気が、ゆっくり色を変えたように感じた。
おびえているわけじゃなく、確信しているわけでもない。
そのどちらでもない場所で、ただただ真っ直ぐに、私だけを求めている。
そんな瞳だった。
私は七海ちゃんの背に手を添え、彼女の鼓動が伝わる距離まで抱き寄せた。
「……七海ちゃん。無理はしなくて、いいのよ?」
そうささやくと、七海ちゃんは胸元に顔を寄せたまま、小さく、首を横に振った。
布越しに伝わるその仕草が、胸の奥を切なくなでていく。
「……してほしいんです。先輩に、ちゃんと……近づきたい」
言葉はおそるおそるなのに、手だけは、迷いがないかのように、ずっと私のバスローブをにぎりしめている。
そのギャップが、たまらないほど
私は七海ちゃんの指を包み、そっと彼女の顔を上げさせた。
七海ちゃんの頬は赤く、瞳は熱を含んで揺れている。
「……本当に、私でいいの?」
問いかけるように見つめると、七海ちゃんは一瞬だけまばたきをして、それから、ぎゅっと私に抱きついた。
「先輩がいいんです。先輩じゃないと……ダメなんです……」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で何かがほどける音がした。
私は七海ちゃんの背中をゆっくりなで、彼女が安心して体を預けられるよう、しっかり抱きしめた。
七海ちゃんは震えを少しだけ落ちつかせてから、そっと顔を私の肩に置く。
髪がふわりと私の頬をかすめ、そのやわらかさに心が揺れる。
「……七海ちゃん」
名前を呼ぶと、肩のあたりで小さく反応した。
「……はい……」
その声が甘くて、耳に落ちた瞬間に息が詰まりそうになる。
「顔、見せて?」
そううながすと、七海ちゃんはゆっくりと身を離し、はずかしさと期待をにじませた顔を、こちらに向けた。
その表情があまりにもキレイで、私は自然と、七海ちゃんの頬に触れていた。
指が触れただけで、七海ちゃんはかすかに唇を震わせる。
「……先輩……」
「うん……」
そのまま、私は七海ちゃんの額にわずかに触れた。
キスでもなく、なでるでもなく、ただ温度を確かめるような仕草。
七海ちゃんは息を吸い、その呼吸が私の胸元にひどく甘く落ちていく。
「さっき……七海ちゃんが言ってくれた、続きしたいって……」
七海ちゃんの肩がびくっと跳ねた。
でも逃げはしない。
むしろ、きゅっと布団を握りしめてこちらを見上げる。
「……ゆっくり……しても、いい?」
問いかけると、七海ちゃんは一瞬だけ息を止め、それから小さく、小さくうなずいた。
「……はい……ゆっくり……でも、いっぱい……ほしいです……」
その「いっぱい」が何を意味しているのか、七海ちゃん自身わかっていないかもしれない。
ただ、私と近づきたいという気持ちであふれているだけ。
それが尊くて、胸が詰まりそうになる。
私は七海ちゃんの手を取り、自分の胸のすぐ近くへそっと添えた。
七海ちゃんの指が触れた瞬間、彼女は驚いたように目を丸くし、それから信じられないような顔で私を見た。
「……先輩、これ……」
「うん。緊張、してるの」
そう言うと、七海ちゃんは少しだけ笑った。
その笑みはあまりにもやわらかくて、先ほどまでの震えがウソのように溶けていた。
「……私も……緊張、してます」
「知ってるよ? ずっと伝わってる」
七海ちゃんは照れたように視線を落とし、それから意を決したように、私の胸にそっと額を預けた。
鼓動が近い。
触れるたびに、二人の呼吸が同じ高さで揺れる。
「先輩……もうちょっと……近くに……」
そうささやく声が甘すぎて、思わず息がもれる。
「いいよ。好きなだけ、近くにおいで?」
言った途端、七海ちゃんは突然勇気を出したみたいに、私の肩に腕をまわしてきた。
控えめで、でも明確な、抱きしめたいの仕草。
その動きは少しぎこちないけれど、たまらないほど真っ直ぐで、愛しい。
「七海ちゃん……そんなふうにされると……離れられなくなるわよ……?」
そうささやくと、七海ちゃんは私の肩に顔を寄せたまま、小さく、くすっと笑った。
「……離れなくて……いいです……」
その一言で、完全に心が溶けた。
私は七海ちゃんの後頭部へ手を添え、静かに、あたたかく抱き寄せる。
七海ちゃんの体温が胸に伝わり、鼓動が重なる瞬間、何も言わなくても心が一つに近づいていくのがわかった。
この夜、二人の関係は確実に変わる。
でも、その変化はあせりではなく、お互いを大事にしたいという想いの延長線にある。
七海ちゃんは、私のバスローブをつまんだまま、そっと顔を上げて言った。
「先輩……もう少し、そばにいてください……」
そんなお願いを、拒めるはずがなかった。
「もちろん。七海ちゃんがやめていいって言うまで、ずっとそばにいるわ」
そう言うと、七海ちゃんは胸いっぱいに息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
安心したような、甘えるような、静かな吐息だった。
そして七海ちゃんは──
自分からそっと、私に頬を寄せた。
やわらかく触れるだけの距離。
でもそれは、これまででいちばん深い、求める仕草。
私はその頬に、軽く唇で触れた。
キスよりも淡く、でもキスよりもずっと熱が伝わる触れ方。
七海ちゃんは目を閉じ、その場所で小さく震えた。
私は、七海ちゃんの背中に添えていた手を、ゆっくりと下へ滑らせていく。
バスローブ越しだけど、その動きに合わせて、七海ちゃんの細い肩がかすかに震えた。
気づかれないように息を整えながら、私はほんの少しだけ力を込めて、七海ちゃんの身体を抱き寄せる。
「……先輩……」
腕の中で呼ばれた声は、さっきまでよりずっと小さくて、胸の奥にそのまま落ちていくような響きだった。
返事をしようとしたけれど、喉がうまく動かない。
代わりに、背に回した手のひらで、ここにいるよと確かめるように、七海ちゃんの体温を静かになぞっていく。
七海ちゃんも、その触れ方に気づいている。
肩を寄せてくる角度が、さっきよりも甘くなっている。
何も言わず、ただ私に預けるように。
このまま抱きしめていたら、きっともう少しだけ踏み込める。
けれど、あせらなくていい。
七海ちゃんが震えなくなるまで、呼吸が落ち着くまで。
そのためなら、私はいくらでもそばにいられる。
「……だいじょうぶ。七海ちゃんの、好きなようにしていいから」
そうささやくと、七海ちゃんは胸元で小さく息を吸い、またギュッと、私のバスローブをつまんだ。
「……はい……」
その返事だけで十分だった。
背中に添えた手を、さらにゆっくりと下ろしていく。
七海ちゃんは逃げない。
むしろ、それを受け取るように体重を預けてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます