第6話

 茶色い薄紙。ただの、薄汚れた封筒だ。


「明日、これを持って冒険者ギルドへ行くにゃ」


「……なんだこれは。機密文書か?」


「大げさに言えば、にゃ」


「『身元引受人の覚え書き』だにゃ。おみゃえ、身分証もギルドカードも持ってにゃいだろ?」


「……まあ、そうだが」


「この街で“どこの馬の骨とも知れないトカゲ”がまともに登録するには、信用ある市民の保証がいる。で――私が保証人になってやるってわけだにゃ」


 太郎は、ぽかんと口をあける。


 横から、空のジョッキを抱えたクロが、ひょいと顔を出した。


「やっと言ったにゃ、母さん。さっきまで“どうすっかにゃ~”って迷ってたくせに」


「余計なこと言うにゃ、クロ」


 ミケはクロの頭を軽くはたく。


「いてっ。……でもさ、竜様、良かったじゃん。これで“正式な冒険者様”だにゃ。あ、さび級のペーペーだけど」


「……待て。話が飛躍しすぎだ。そもそも、なぜミケさんが保証人など――」


「おみゃえのため、なんて殊勝な理由じゃないにゃ」


「まず一つ。この街で長く居座るつもりなら、市民登録かギルド登録は早めに済ませといた方が楽だにゃ。そうしにゃいと、何かあるたびに真っ先に衛兵どもにしょっ引かれることになるにゃ」


「……」


「もう一つ。力のある奴は、外でちゃんと稼いできてもらった方が、こっちも仕事を回しやすい。ギルドに登録してくれた方が、表の依頼も裏の口利きも、筋を通しやすいにゃ」


「そして最後。――黙ってても、おみゃえはそのうちどっかで勝手に暴れる。なら、こっちの手の届く範囲で暴れてくれた方が助かるにゃ。ギルド絡みなら、こっちも多少は口を挟める」


「……いいだろう」


 太郎は、封筒を指先でつまみ上げた。


 薄い紙の感触。中身の重みはほとんどないはずだ。それでも、妙な重さが宿っている気がする。


「竜たる俺へのかせか、それとも翼を広げるための踏み台か――明日、見極める」


「格好つけるのはいいけどにゃ」


「“何でも屋・ミケ”の看板しょって行くんだ。うちの名前に泥塗ったら、尻尾どころか、生えてきた代わりの尻尾までむしるから、そのつもりでにゃ」


「……肝に銘じておこう」


 その様子を見て、クロがくすくす笑う。


「大丈夫だって、竜様。最初は雑用とネズミ退治くらいだにゃ。死にはしにゃいって」


「お前らの“だいたい大丈夫”ほど信用ならんものはないのだが」


「にゃはは。心配なら、あたしがついてってやろうか? 竜様の“子守り”として」


「誰が子守だ猫娘!」


 太郎が声を荒げると、周囲の客たちがまた笑い声を上げた。


 騒がしさに紛れ、太郎はそっと頬に触れた。


 つい先ほどまで焼けるように痛んでいた場所が、じんわりとむずがゆい。ミケ印の軟膏なんこうと、クロの乱暴な手当ての効果は、確かに出ている。


(……銀貨二枚。安いんだか、高いんだか)


 そんなことを考えてしまうあたり、自分もだいぶこの街の感覚に毒されてきたのかもしれない――と、太郎はふと思う。


「ほら、ぼさっとしてないで皿運び手伝うにゃ」


 ミケの声に、現実へ引き戻される。


「……分かった」


 太郎は封筒をそっとポーチの一番奥に押し込み、立ち上がった。


(明日、冒険者ギルド……か)


 こうして太郎の、長い一日の夜は更けていくのだった。






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