リザードマンに転生した俺、路地裏底辺から竜を目指す

猫又竜之介

第1章 迷い猫横丁編

第1話

 ほこりっぽい路地に、西日が長い影を落とす。


「お、トラ兄だ」

「まためてるにゃ?」

「今度の相手は……トカゲかにゃ?」


 近くにいた猫人びょうじんたちが、ぞろぞろと道の端へ避ける。そのうち何人かは、ひょいと塀に飛び乗ると、あっという間に屋根の上へ登り、期待に目を細めて下をのぞき込んだ。


 たるの陰や路地の影からは、鼠人そじんたちの細い目が光った。


「どっちにいくら張る?」

「情報は後で売れる、ちゃんと見てろよ」


 ひそひそとささやき合いながら、早くも賭け金の取りまとめを始めていた。


 荷運び帰りの犬人けんじんたちは、肩に縄や荷車の取っ手をかけたまま足を止める。


「また騒ぎかよ……でもまあ、ちょっとだけな」


 猫人びょうじんの子どもたちも騒ぎを嗅ぎつけ、塀や階段へ次々とよじ登っていく。


喧嘩けんかだー!」

「トラ兄が本気っぽいにゃ!」


 こうして、あっという間に半円形の人垣ができあがった。


 つぎはぎだらけの板壁。雨どい代わりに渡された太い縄。そんな雑多な風景の中心で向かい合っているのは、青黒いうろこに覆われた蜥蜴人とかげびとの青年――山田太郎と、茶トラ模様の筋肉質な猫人びょうじん――トラだった。


「おいトカゲ。挨拶代わりにひとつ、“竜の力”とやら、見せてもらうにゃ」


 トラが両の拳を打ち合わせる。使い込まれた革のナックルが、乾いた音を立てた。

 太い尻尾は、せわしなく左右に揺れている。その面構えは、因縁をふっかけるチンピラそのものだ。


 太郎は内心で冷や汗を流していた。


(やばい、完全にヤンキーだこれ……!)


 だが、ここで退くわけにはいかない。

 震えそうになる膝に力を込め、わざと低い声を作ると、芝居がかった仕草で腕輪をはめた右手を突き出した。


「フッ……よかろう。猫ごときが竜のうろこに傷をつけられるか、その身で試すがいい」


 トラはにやりと笑い、観衆に向かって両手を広げる。


「聞いたかおみゃえら! この爬虫類はちゅうるい、俺たちのことを『猫ごとき』だとよ!」


 ざわっ、と野次馬たちの空気が変わる。


猫人びょうじん、にゃめんにゃよー!!」


 その叫びが、合図だった。

 色も柄もさまざまな猫人びょうじんたちが、一斉に拳を突き上げて応じる。


「「「猫人びょうじん、にゃめんにゃー!!」」」


 唱和が、狭い路地に反響した。

 店の軒先で様子を見ていたクロは、「また面倒なことになったにゃ」と苦笑し、カウンターの奥から顔を出したミケは、深々とため息をついた。


 トラは腰を深く落とし、ナックルに魔力を込める。


「上等だにゃ……! ここが誰のシマか、思い知らせてやるにゃ!」


 拳が赤い燐光りんこうを帯び、革が焦げる匂いとともに熱気が立ちのぼる。


「くっ……これこそが、孤高の試練……!」


「……ほんっと、めんどくせえ性格してんな、おみゃえ」


 トラは次の瞬間、地を蹴った。


 四方八方から「やっちまえトラ!」「パンチ食らわせるにゃ!」と歓声が飛んでくる中、“迷い猫横丁”名物の喧嘩けんか試合が、今まさに幕を開けようとしていた。






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