Route:02 転生の前に

 目を開けると、そこは実家近くの祠だった。けれど見慣れたはずの場所なのに、空気がいつもより澄みすぎていて、風の音まで静かに響く。



 「……目が覚めましたね」

 落ち着いた声がして、ロードは慌てて上半身を起こした。


 祠の前に立つのは、淡い光をまとった女性――静かで穏やかな気配を持つが、姿勢や呼吸の端々に、“神々しさ”が漂う。

「あなたは……いったい?」


「私は、この街道を守る神です。まだ経験は浅いのですが……あなたが幼い頃、迷子になって祠のそばで泣いていた時から、ずっと見守っていました」


「ずっと……ですか?」


「ええ。あなたは、人が困っていると放っておけない子でした。道を整えたり、倒れた標識を起こしたり……。そうして積み上げた“貢献度”が、ようやく一つの願いを叶えられるほどになったのです」

 女性の声は落ち着いているのに、どこか喜びがあふれていた。


「願い……」


「はい。あなたは“いろんな道を歩きたい”と願っていましたね。
その願いに応える形で――あなたを“別の世界”へ送る準備が整いました」


「べ、別の世界……」


「驚きますよね。本当に可能なんです。……ただし」

 そこで彼女はわずかに目を伏せた。


「人を別世界に送るのは、私にとっても初めてで。
そのため、加護がとても小さくなってしまいます。送るだけで、あなたの貢献度をほとんど使ってしまいますから……」


「そんな、気にしてもらわなくても……」


「いえ、気にかけてしまうんです。あなたに不便をさせてしまうのではないかと」

 その態度から、信頼を感じた。


「それに……向こうの世界の神から伝言があります。
“生活の向上を手伝ってほしい”と言われています」


「僕で、役に立てるでしょうか……」


「もちろんです。あなたは、やれると信じています」

 その言葉に、ロードの胸が少し熱くなった。


「……行きます。“未知の道”を歩けるなら、それで十分です」


「そう言ってくれると思っていました。あなたは歩みを楽しめる人です」

 神は優しく微笑んだ。その表情に、ロードも自然と笑みを返した。



 ふと、ロードは、気になっていたことを口にする。

「その……ひとつ、提案があるのですが」


「ええ、聞かせてください」


「別の世界でも、貢献度を稼ぐことはできますか?」


「はい。稼いだ貢献度により、向こうの世界に役立つ“アビリティ”を授けることもできます」


「あの……僕たちの世界では、最近“アビリティ”より“コンピテンシー”が重視されるようになっているんです」


「コンピテンシー……。馴染みのない言葉ですね」


「アビリティは“固定された能力”です。
たとえば力が強いとか、勉強ができるとか……変わらない力」


「なるほど」


「コンピテンシーは違います。“状況に対応して力を発揮できる能力”なんです。
同じ能力を持っていても、必要な時に使えるかどうか――それが重要で。いわば、対応力や実行力そのものです」


「固定された力と、場に応じて発揮できる力……面白い考え方ですね」


「もしよければ、そのコンピテンシーを、貢献度の仕組みに取り入れてみるのはどうでしょう?」


 神はしばらく静かに考え、それから表情をほころばせた。

「……いい提案です。人を理解する基準として、理にかなっています。
私自身、まだ経験が浅くて……“どう評価すべきか”迷うことも多いのです。
あなたの言葉は、きっと大きな助けになります」



 柔らかな笑みが、祠の中にほのかに広がった。

「そろそろ……あなたを送る時間です」


 神の周囲を淡い光が包み、風がひとつ流れた。

「ロード……あなたが歩く道が、どうか迷いなく続きますように」


「大丈夫ですよ。新しい世界を楽しく歩んでいきます」

 その言葉に、神は微笑んだ。



 光が視界を満たし――ロードは、新たな世界へと転生した。

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