第3話 YES I CAN 

 長かったはずのゴールデンウィークも明日で終わり。

 おかしいな、あれもこれも目いっぱい楽しもうと計画したはずなのに、なにひとつ達成できずに今日を迎えた気がするぞ?

 まだ休日だと言うのに、俺のスマホへ担任の梅子先生からメッセージが届いた。


『図書館のK町分室に来られたし。愉快なお仲間をたくさん集めるように』


 それだけで、なんの用件なのかはわからない。


「あのアラサー、俺たち生徒を手下かなにかと勘違いしてねえか?」


 と悪態を吐きながらも、なにも予定のない俺は内申点を下げられることへの恐怖心から、素直に命令に従ってしまうのだった。


「いったいなんだろうね。僕もヒマだったから全然いいんだけど」


 他の面子はすでに用事で出払っているらしく、確保できた人材はミチルしかいない。

 道連れとして確保し、チャリを並べて図書館分室に向かう。

 河川敷は今もクマの警戒線が張られている。


「一応、水守さんにも声かけてみようよ。仲間外れにしちゃ悪いし」


 住宅街を潜り抜けて図書館に向かう途中には、水守さくらが引っ越してきた賃貸マンションがある。

 転校初日に水守を家まで送ったので知っているのだ。

 K町十字街と呼ばれる商店街区域とバス通りにほど近く、このエリアの中では生活の便が良い物件だ。


「ミチルは女子相手でもすんなりコミュニケーション取れるからすごいな。大人に感じるわ」


 外見的にも、ミチルが女子の輪に入っていてなんの違和感もないんだよな。

 ミチルが水守家のチャイムを鳴らす。

 女子の家を訪問するってなんかドキドキするよね、と思いながら俺はミチルの背後に隠れ、存在感を消すことに努めた。


「うちにテレビはありません。ワンセグが見れるケータイもありません」


 ドアを開けるなり、水守が冷たく言い放った。


「某国営放送の集金じゃねーよ。こんちは」


 ついミチルの背中越しに突っ込んでしまったぜ。

 

「おはよう水守さん。今はテレビ見ないって人も多いよねー」


 俺とミチルの顔を見比べて、水守はふぅんと言いたげな澄ました顔をした。


「お二人がしっぽり蜜月の関係なのは存じ上げておりますけど、わざわざ今日は見せびらかしに?」

「存じ上げるな。なんか梅子先生に呼ばれたんだよ。人を集めて図書館に来いってな」

「梅子先生……? ああ、担任の……担任でしたよね?」


 あやふやなんかい。


「ま、そういうわけで清く正しい優良学生である俺たちは、内容も分からないまま二つ返事で馳せ参じるところだ」


 お前も問題児のケがあるんだから、担任とは仲良くしておいた方がいいぞ、と老婆心。


「涙ぐましい社畜根性ですね。優秀な歯車、もとい大人になるための準備、まことにご苦労さまです」

「殴りてえ……」


 俺が小声で発した冗談に、ミチルが大真面目な顔で反論する。


「ダメだよてっちゃん。コンプライアンスだよ。ジェンダー問題だよ」

「意味わかってて言ってんのか?」


 ダメだ、圧倒的に突っ込み役が足りない。

 朝からすっかり疲弊している俺と対照的に、顔色の良い水守は薄手のパーカーを羽織って玄関を出て来た。

 脛とくるぶしが露出している七分丈のデニムパンツに、サンダルとスニーカーの中間のような軽そうな靴を履いている。

 潮干狩りにでも行きそうないでたちだ。


「図書館は良いですね。人の子が産みだした文化の極みです。そう思いませんかお二人とも」

「僕はあんまり行かないかなあ。漫画が少ないし」


 水守はおそらくネットミームや語録の類を言ったのだろうが、俺もミチルもよくわからなかった。


 メンバーを三人に増やし、改めて出発。

 B川に架かる橋を渡って少し歩けばすぐに、図書館の分室がある。


「まだ私、自転車を買っていないのです」


 徒歩の水守に合わせて、俺とミチルもチャリを押し歩きして目的地に向かう。


「買うときは言えよ。チャリ屋のオッサン、うちの親父の同級生だから。少しは負けてくれるだろ」

「そんな素敵な申し出を受けてしまっては、こちらも奮発しなければなりませんね」


 さくらポイントの花びらを、三つくれた。

 どうしたもんかと少し考えて、生徒手帳のカバー裏、自分の顔写真とプロフィールがあるところへ挟み込む。

 てつとのおとこぶりが、3あがった!

 そんなことで気分を上向かせて歩いていると、橋の真ん中で水守が立ち止った。


「どした。変な虫でもいたか」


 俺の問いに水守は答えず、橋の上から川の上流方面を凝視している。

 彼女の視線に俺もつられて、なにかあるのかなと顔を向ける。

 まさかクマでも溺れてるわけじゃないだろうに……。


「……うぅ! ぁぁあ~~~っ、ぶぅ!」


 子どもが、流されてる声!?


「人じゃねえか!!」


 俺はすぐさま橋の下側へ回り込むために走り出し。


「み、水守さん!? 危ないよ!!」

「でやああああああああーーーーーーーーーーっ!!」


 驚くミチルと、橋から川へとジャンプして飛び降りた水守の叫び声が聞こえた。

 橋を戻り、河川敷から回り道をした俺よりも数段早く。

 欄干を跨ぎ、最短距離を迷わずに飛んだ水守はドボンと鈍い音を立ててB川の真ん中に着水した。


「こっちですよ! 怖くないですからね! 安心してください!」


 川は、ギリギリで足の着く深さだったようだ。

 首から上だけを水面に出し、水守は必死に声を張って、下流から子どもに呼びかけていた。


「う、うわぁぁ、あぁ~~ん!」

「ほーら捕まえた! お姉さんは泳げるんです! 今は水中を歩いてますけど!」


 気の抜けそうなことを言いながら、見事に水守は流れ来る男の子の身体をキャッチした。


「無理に動くな! 一緒になって流されるぞ! そこで待ってろ!!」


 その様子を見ながら俺は川岸から水中へと跳びこむ。

 上着はすでに走りながら脱ぎ捨てている。

 濁った水を掻き分けて、ざばざばと泳ぎながら水守の踏ん張っているポイントまで到達した。


「この子をお願いします。降りたときに足を挫いたみたいで」


 水守はそう言って、俺の背中に男の子を預けた。


「わぁ~~~ん! ぼくしぬの!? ねえしんじゃうの!?」

「死なん! それだけ元気なら大丈夫だ!」


 泣きわめき暴れ回るキッズを一喝し、俺は水守の様子を窺う。


「大丈夫か? その足で岸に戻れるのかよ」

「そのために杉さんがいるんでしょう。掴まって歩きますので、せいぜい転んだりしないように」


 確定事項のように一方的に言明された。

 俺は背中の子どもをあやしつつ、片腕に捕まる水守の体温を感じつつ、身長に足を進めてなんとか河川敷まで無事に、辿り着いた。

 消防車と救急車のサイレンが聞こえる。


「てっちゃーん! 水守さーん! なんともないかーい!?」


 連絡してくれたのはミチルのようだ。

 判断が速くて助かったな。

 もしなにかあったとしたら、俺たち三人ともお陀仏だったかもしれんのだ。

 晴れ間が続いたおかげか、川の水がまだ少ないほうで良かったよ。


「なんとか、なんとかなあ。いやあビビったし焦った」

「本当だよ! 水守さん、止める間もなく跳び込んじゃうんだもん! 心臓が止まるかと思った!」


 川から上がった水守は、デニムから露出した足首をさすりながら座り込んでいる。

 溺れてた少年はお巡りさんと救急の人に囲まれてビビっているが、命に別状はないだろう。


「救急車来てるし、病院まで行くか? 親御さんには俺たちが知らせてやるよ」


 心配した俺の言葉に、水守は軽く首を振って答えた。


「いえ、それには及びません。折れてはいないようですし、じきに痛みも治まるでしょう」


 救急隊員に渡されたタオルでずぶ濡れた体を拭き、水守は立ち上がる。


「図書館には行けそうもありませんね。梅子先生には残念ですとお伝えください」

「いや、梅子先生なんてどうでもいいんだけどよ……」


 まあ確かに、さっさと帰って風呂にでも入らないと風邪をひいてしまうな。

 俺たちも事情を聞かれたりするのかなあ、寒いんだけどなあ、と震えながら様子を窺っていると。


「うおおぃお手柄じゃないかよキミィたちぃ~~~!? さすが先生の教え子だねぇ~~~!! これは新聞に載っちゃうかなぁ? お化粧とか変じゃないかなぁ? お見合いの申し込みとか殺到しちゃうかも困るゥ~~~!」


 騒ぎを聞きつけたのか、ミチルが連絡をしたのか。

 梅子先生がいつになくウザいテンションで駆け寄って来た。

 少しは心配しろよ、教育者だろ。


「噂をすれば、どうでもいい人が来てしまいましたね」

「あいにく入学したばっかりだし、梅子先生になにを教わったという記憶もないけどな」


 面倒臭そうな顔を浮かべる水守と、本当に面倒臭がっている俺。

 

「ところで先生の用事ってなんだったんですか?」


 ミチルの質問に現実感を取り戻したのか、浮かれた調子を引っ込めて梅子先生は説明した。


「家にある要らない蔵書をねぇ、図書館に寄贈しようと思って車に積んで来たんだよぅ。その中でもし、みんなが欲しい本があれば分けてあげようかなと思ってさぁ」

「梅子先生のくせにいきなりまともな教師みたいなこと言わないでくれよ。脳がバグるわ」

「うるせーよクソガキィ。まあぶっちゃけ、箱が重いしたくさんあるから、降ろすのを手伝わせたかったのがメインだけどねェ。なんにしても二人とも無事で良かったよぅ」


 そう言って梅子先生は。

 うっと小さい声で呻き、両手を顔で覆ってその場にうずくまった。


「ホントに、良かったよぉ~~……子どもを助けるために、キミたちが飛び込んだって聞いて、先生ホントに怖かったんだからなァ~~……立派なことだから責めたりしないけどさぁ~~……新入生が二人もいっぺんに、なにかあったらと思うとさぁ~~……」


 うえぇんと泣き続ける梅子先生に、俺も水守も、なにひとつ気の利いたことを言えないのだった。

 その後、俺たちは警察や救急の人に事情を話して家に戻った。

 帰り道に俺は。

 どうしても言っておかなければいけないと思い、水守が住むマンションの前で、こう切り出した。


「どうして、後先考えずに川に飛んだりしたんだよ。万が一があったらどうするつもりだったんだ。梅子先生だって、泣いてたじゃねえか」


 説教じみたマウントを取っている俺の、心の奥にあるのは。

 つまらない、醜い嫉妬だった。

 子どもを助けて、ヒーローになるチャンスを奪われたちんけな男の、歪んだプライド。

 それがこらえきれず、口から外へと滲み出てしまっていた。

 対する水守の答えは。

 俺の曇った胸の内と対照的に、今日の晴れた空のごとく、シンプルで爽やかだった。


「杉さんと耶麻神さんがいたから、なんとかしてくれると思って跳びこんだんです。それ以外の深い考えはありません」


 呆然とした俺からの言葉を待たず、水守は自宅へと戻って行った。

 足取りも軽く、怪我の心配はなさそうだった。


「ちっくしょう、なんだあいつ。くっそ……」


 悪態を吐きながら、俺も家に帰った。


「あーもう! なんだよクソッタレ! ふざけんじゃねーよ!!」


 水守さくらに、惚れてしまった。

 あんな、頭のおかしい、正体不明の変な女に。

 その感情を大声で必死に打ち消そうとして、それができないまま自宅の戸を開けたのだった。

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命がけで、アオハル 西川 旭 @beerman0726

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