第2話 小さな春の町祭り
ゴールデンウィークの初日を無事に迎えた。
俺はしっかりと惰眠を貪って、午前11時ごろにベッドからのそのそと這い出る。
「お米、残ってないからね」
母ちゃんに冷たく言われる。
昨晩に俺と父ちゃんが大食いしたことと、俺が今日の朝何時に起きるのか不明だったため、今朝はご飯を炊いていないらしい。
「焼き弁でも食うか……」
俺は弁当カップ型のインスタント焼きそばを作るためにコンロでお湯を沸かす。
待っている間、テレビのニュースからこんな音声が流れて来た。
『本日早朝、A市郊外の河川敷にオスのヒグマ一頭が打ち上げられ、死亡しているのが発見されました。雪溶け水で増水した河川に、誤って落下し溺死したものと思われます。ヒグマは川底に強く打ちつけられたためか、体に多くの外傷がある模様です。警察は市内の動物園と協力し、詳しい調査を行うと発表しました』
「クマも川で溺れるんだ」
素朴な感想を口にして、俺は焼きそばのカップにお湯を注ぐ。
三分待っている間。
なぜか俺の脳内では黒髪ロングの女子高生が、制服姿でヒグマと殴り合いを繰り広げ、勝ってしまっている光景が浮かんでいた。
「まさか、な……」
アホな考えを頭から追い払い、俺は近所にある中央公園へと向かった。
「おお、やってるやってる、休日の真昼間からご苦労さんなこった」
野球グラウンド二面分ほどはある、そこそこ大きな公園である。
真ん中の広場には、キッチンカーや仮設テントがぐるりと並んでいて、お祭りの準備に取り掛かっていた。
ゴールデンウィーク初日の今日、ここ中央公園では「春の桜祭り」が行われることになっているのだ。
今はまだ準備時間。
地元なのでそこには当然のように知り合いがいる。
「あ、てっちゃん。手伝いに来てくれたの?」
俺に笑顔を見せてそう言ったのは、幼馴染の耶麻神(やまがみ)ミチルだ。
保育園、小学校、中学校、そして高校もずっと一緒という、腐れ縁の一言で片づけるのは難しいほどの間柄。
なんなら生まれた病院も同じである。
もちろん昨日も一緒に、水守を囲んで帰った面子の中にいた。
「ミチルは焼き鳥屋の準備か。親父さんに言われて?」
「うん、僕のお父さん、町内商工会の幹事だから。うちで出すのは定番の焼き鳥にしようって」
話しながら、焼き台の炭火コンロを並べ、各メニューの書かれた値札を長机に貼るのに手を貸す。
大ぶりの北海道産鶏肉串が一本100円なのだから、みんな喜んで買うだろうな。
北海道らしくジンギスカン串があるのも良い。
「内地の企業が出してるキッチンカーなんかに絶対負けるもんかって、お父さん張り切ってるんだ」
困り笑顔を浮かべてミチルが言った。
「そう言えば親父さん、ゴリゴリマッチョの体育会系だよな」
ミチルは線の細い中性的な男の子なのに。
このお祭りでは営利目的で商品を売るお店と、地域の有志がほぼ採算度外視のボランティアで出しているお店が混在している。
地元企業ならいざ知らず、本州資本のフランチャイズなんかにこの祭りでブイブイ言わせてたまるか、という対抗心があるのだろう。
「さて、お客さん来る前にある程度焼いておかないと」
ミチルが炭火の熾きた焼き台に鶏肉串を並べる。
下準備の段階で七割がた火を通しておいて、お客さんが来てから仕上げ焼きを行うスタイルか。
短時間でお客さんに焼きたてを食べてもらうための方策だな。
お金のやり取りは後から来るミチルの親父さんが行うとのこと。
そうして、俺とミチルが二人で汗だくになりながら鶏だの豚だの羊だのの肉を焼いていると。
「素敵な匂いに釣られてやって来ました。決して私が食いしん坊なわけではありません」
どこからともなく、野生の水守さくらが現れた。
住んでるの近所だしな、来てもおかしくはない。
「まだ売れねえんだ。予約ならいいけどさ。つーか休みの日なのに学校のジャージかよ……」
「おろしたての、ぴちぴちです」
「鮮魚系女子だな」
「嬉しいことを言ってくれますね」
褒めたわけでもないのにこの転校生、ドヤ顔である。
夕方になる前にはミチルの親父さんが来るので、そこから本格的に商売開始だ。
「少し待っててくれれば、焼きたてホクホクを渡せるよ。お父さんに内緒でサービスしてあげるね」
俺とミチルの説明で事情を理解した水守。
フムフムと頷き、メニュー札を一瞥して注文した。
「では鶏串の11本セットを一つと、豚串を3本、ジンギスカン串を同じく3本お願いします。私からもサービスのスマイルを提供しましょう」
ニヤリ、と悪だくみしているような笑みを浮かべて、水守は注文票に名前を書いた。
ついでに俺もミチルも1さくらポイントの花びらをもらった。
「ありがとう、水守さん」
純粋なミチルは素直に感謝を示し、桜の花びらをペタリと自分のおでこに押して貼り付けた。
この町で一番に可憐な桜の妖精が誕生した瞬間である。
「よくお似合いです。まったく、杉さんも隅に置けませんね。こんなに素敵な人が隣にいるなんて」
「なにを想像しているか知らんが、ミチルは男だ」
昨日も一緒に帰ってるんだから、男子制服を着ていたミチルを見ているだろうに。
俺の突っ込みに水守は一瞬だけ驚いた顔を浮かべ、すぐ平静の無表情に戻り、言った。
「男子と男子が付き合ってはいけない理由など、この広い世界になにかあるんですか?」
「平日でも休日でも変わらずしっかり面倒くせえなあ、こいつ」
俺からうんざりフェイスを引き出さないと、水守のノルマは達成されないのかよ。
「はは……僕とてっちゃんがそんなこと、あるわけ……」
「なんでミチルは頬を赤らめてるんだ」
突っ込み役が足りない、誰か助けてくれ。
「お肉はあとで取りに来ます。私はそれまでの間に少し、野暮用を済ませますので……」
妙に意味ありげなことを呟いて、水守は祭りの事務局が置かれている仮設テントへ歩いて行った。
「なんのこっちゃいな」
「お祭りの関係者と知り合いなのかもね」
まったく謎の多い変な女だ、と思いながら、俺は肉を焼きまくった。
そうして時間が過ぎ、夕陽が世界を染め始めた頃合い。
『さあみなさんお待ちかね、K町春祭り、歌自慢大会が始まるよー! 中央のステージに集まってねー!』
祭りの開催が発表され、それと同時にカラオケイベントの開始が告げられた。
司会は近所のおっさんで、俺たち家族が前に住んでいた賃貸マンションの大家さんである。
『トップバッターはなんと女子高生! しかもつい最近、関西からこっちに引っ越して来たばっかりの新顔さんだ! では水守さん、意気込みをどうぞ!』
「ぶっ」
予想外の展開にお茶吹いたわ。
ステージに登った水守は相変わらずのクールフェイスでマイクを握る。
『よう集まったのワレ~。はぁこんシマは今日からワシが仕切らせてもらうさかい、あんじょうよろしゅうなワレ~』
ひどい関西弁キャラのムーブをかましていた。
「あれは『河内弁をバカにしている奈良県民』というネタなのか……?」
「大阪も奈良も、僕たちには違いが分からないけどねー」
若干の共感性羞恥に苛まれる俺と、あっけらかんとしているミチル。
しかしスベると思いきや意外と聴衆には好い反応で、ケラケラと笑う声が公園に満ちた。
さて水守の十八番(おはこ)ナンバーはなにかな、と少しワクワクしながらステージに注目していると。
ちゃんちゃららん、ちゃんちゃらららん、と軽快で馴染のあるメロディーが、スピーカーから鳴り響いた。
より具体的に言うと、小学生時代の早朝に良い子のみんなは飽きるほど聞いた、アレだった。
誰もが知っているその曲……曲? の歌い出し……歌? を、水守は良く通る澄んだ声で自信満々に発した。
『さあ手を前から上に、背伸びの運動ーーーーーーッ! からッ!!』
おいっちにーさんし、いっちにーさんし、とラジオな体操を歌い、踊る水守。
あれを「踊り」というジャンルでくくっていいのならば、の話だが……。
アイドルも歌いながら体を動かしているわけだし、同じようなものか。
『腕を回す運動! 外側へ! そして内側へ! ついでにヘッドバンギング!! はいみなさんもご一緒に!!』
やけくそにも見える必死さと独自のアレンジを加えたそのパフォーマンスに、観客の、主にちびっ子たちは大喜びだ。
「あははー! おいっちにー! さんしー!」
「ぐるぐるー! めがわまるー! うひゃー!」
瞬く間に会場のバイブスを上げるに上げて、ギャラリーの心を鷲掴みにした水守。
誰でも知っている音楽をセレクトするって、やっぱりカラオケの鉄板攻略法だよな。
「すごいキレッキレだね、水守さん!」
「そうなんだが、それでいいのかあいつは」
ミチルと俺もつい作業の手を止めて、場を完全に支配した水守の姿を見つめてしまう。
ステージ前では大人も子どもも関係なく、笑顔で同じ動きに酔いしれている。
そのとき強い風が吹き、公園に植えられている多くの桜の樹を撫でた。
ぶわああ、とまさに桜吹雪が舞い散り、ステージ上の水守をピンク色に染め上げた。
『以上、水守さくらでした』
しっかり第三番まで踊り切った水守。
体力お化け過ぎるだろ……。
心を奪われた瞬間があったことを、俺はなかなか認められなかった。
「こりゃあ、他の参加者、やりにくいな……」
俺はそう懸念したが、実際は逆だった。
水守が最初に会場を温めてくれたおかげで、後に続くカラオケ参加者も大きな声で、伸び伸びとパフォーマンスを披露し、何組かは聴衆の大受けを獲得した。
それでも誰もが予想した通り。
『K町春祭り、歌自慢大会に多くのご参加をありがとうございました! 優勝はトップバッターを務めてくれた期待のニューフェイス、水守さくらさんです! 惜しみない拍手を!』
『ありがとうございます。そろそろみなさん、小腹も空いたころでしょう。ぜひ耶麻神さんのお店で焼き鳥でもどうぞ。お土産にも最適です』
俺たちの焼き鳥までちゃっかりアピールしている。
優勝賞品は北海道産のブランド米が10kg。
それを難なく肩担ぎにして、軽い足取りでステージを降りた。。
いつのまにか来ていたミチルの親父さんが、拍手しながら水守について訊いてきた。
「学校の友だちか?」
「うん、転校して来たばっかりなんだ。面白い人だよね。さっき注文してくれたよ」
ミチルの返答に気を良くした親父さんは、水守が予約した肉を倍に増やして袋に詰めた。
勝者らしい不敵な笑みを携えて、水守が俺たちの前に立つ。
親父さんが代金を受け取り、ぱんぱんに膨らんだビニール袋を渡した。
「毎度あり。ステージ、すごく良かったよ。家まで笑い声が聞こえたさ」
「あらこんなに。いいんですか。そのつもりで宣伝したのは確かですけど」
狙ってたんかい。
親父さんはなんもなんも、と手を振って笑う。
「引っ越して来たばっかりなんだって? なにか困ったことがあったら、小僧どもを好きなだけこき使っていいからな」
「ありがとうございます。この町に来て本当に良かったと思っています」
現金で打算的なことを言い、水守は家へ帰った。
「親父さん、俺たちを無責任に水守の手下にしないでくれよ」
「いいじゃねえか。どうせなんもねえシケた青春なんだろ?」
俺のクレームを親父さんは軽くあしらう。
その後は想定外の客入りを必死で捌き、俺たちの春祭りは終わった。
水守の軽快ながら勇ましい歌声と体操が、いつまでも俺の脳にリフレインしていた。
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