呪われた畑(3)

 今回の依頼は、畑に起きた異変の原因を特定して解決すること。


 ひとしきり状況を聞き終えた師弟は、現地を確認することにしました。


「おや、ジョンも来るんか? 店はいいのかの?」

「紹介して終わりでは、無責任ですから。最後まで付き合うつもりで、店は臨時休業にしました」


 旧知の仲といっても、数年間パウロとは疎遠でした。弟子の修行の一環ということで引きうけていますが、本来であれば一般市民が気軽に頼み事をできる相手ではないのです。

 万が一にもラファエロに失礼のないように――と、ジョンは説明しましたが、本音は逆です。

 この師弟がやらかさないか心配なのです。


 まずラファエロ。

 彼の魔法の腕は不可能を可能にするほどです。

 故に常識が抜け落ちている御仁なので、よかれと思ってとんでもないことをしてしまう恐れがあるのです。


 そしてミカエル。

 学力面では飛び抜けた頭脳の持ち主ですが、師匠であり養父でもあるラファエロを容赦なく弄っているように、慇懃無礼というかデリカシーが欠如しています。


 辺鄙な場所に住むラファエロをわざわざ訪ねて、弟子の練習台でも良いから依頼したいと言うのは、基本的に追い詰められた者です。

 心に余裕のない状態で、こまっしゃくれた少年にあれこれ言われたパウロがカチンときて揉める可能性は大いにあります。

 トラブルを未然に防ぐのは、自分自身のため。己が平和に暮らしたいだけ――と、ジョンは常々言っていますが、それなら最初から見て見ぬふりをすれば良いのです。

 それができない時点で、彼は人並み以上に面倒見の良い男なのでした。



「この辺りは畑が多いんですね」

「昔から住んでいる人が、家のそばに畑を持っているだけですよ」


 周囲を見回すミカエルに、広い土地を放置したら荒れるので、なにかしら育てているのだとパウロは説明しました。


「農業として本格的にやっている家もあれば、家庭菜園くらいにしているところもあります」

「ふぅん。土地が広いので家同士がかなり離れていますね。ご近所付き合いはどうされているんですか?」


 依頼をこなすのはミカエルなので、目についたものがあればすかさず依頼人に確認します。

 ラファエロも同行していますが、彼は保護者であり監督役です。

 余計な口出しは控え、弟子の手に余ると判断したらバトンタッチする予定です。


「……少なくともウチとは交流がありませんね。親の時はどうだか記憶にありませんが」


「ここには農業協同組合ギルドがないんですね」


「あれがあるのは、地域で本格的に取り組んでいる場所ですよ。この村は本業でやっている者も少なければ、好きに育てたものを、市場で個人販売して何とかなるので必要ないんです」


「なるほど。ところで案山子の見た目が統一されているのは、何か意味があるんですか?」


 ミカエルは案山子を指さしました。

 黒い毛糸や、黒く染めた麻紐で作った髪の毛。大きな三角帽子は、ただ載せてあるのではなく、風で飛ばないよう固定されています。帽子と同じ布で作られた服は、ガウンのような簡単な作りですが、帽子と組み合わせることによって、魔法使いのローブに見えないこともありません。

 道すがら数えたところ、八体も同じデザインの案山子を見かけました。

 民俗学も嗜んでいるミカエルですが、この辺りにそんな伝説があったとは知りませんでした。


「ああ! あれは大魔法使い様がモデルです」

「わし!?」


 ラファエロは思わず声を上げました。


「わしの実家は木こりじゃったし、わし自身も農業とは縁もゆかりもないんじゃが……」


「直接的な繋がりはなくても、有名な方が近所に住まれているということで。少しでもあやかろうとしただけです。深い意味はないんですが、気分を害されたならすみません」


「別にそのくらいで気を悪くしたりはせんが」


「そうですよ。うちの師匠は心が広いので、ご自分の磔祭が通年で開催されていたところで気にもとめませんよ」


「それはちょっと嫌かも」


 ミカエルのせいで磔刑に処されているように見えてしまい、顔を顰めるラファエロでした。



 畦道を歩くことしばし。村の中心地から離れた場所にある田畑のなかでも、一際端の方にパウロの畑がありました。


「ここには師匠がいないんですね」


「わしここにおるけど! いない者として扱うとか酷くない!?」


「すみません、言葉が悪かったですね。パウロさんの畑では、師匠人形が鳥葬されていないんだな、と」


「言い直した方が悪くなっとる! ワザとじゃろ! さては、昨夜ベッドの中に持ち込んだ本を取り上げたことを根にもっとるんじゃな。読書は一日十時間までじゃ!」


「いや、その数字はおかしくありませんか」


 ラファエロの言葉に、ジョンが待ったをかけました。


「え? そう?」


 子育て初心者のラファエロは、弟たちを育て上げたジョンを大いに頼りにしていました。


「ですよね! 子どもは遊ぶのが仕事と言いますし、ぼくにとって読書は遊びと同等と考えれば、起きている時間=読書時間でいいですよね!」


「期待しているところ悪いけど、十時間は長すぎるって意味だからな」


 ジョンの言葉を聞いたミカエルの瞳は、たちまち死んだ魚の目になりました。まだ朝市で売られている魚の方が、生気があるかもしれません。


「ふむ。世間では何時間ぐらいが適切なんじゃ?」

「お二人とも、それよりも今は依頼に集中しましょう。パウロさん、話が脱線してしまって、すみません」


 制限解除どころか、更に厳しくなりそうな気配を感じて、ミカエルは話を強引に戻しました。


「構いませんよ。うちは案山子じゃなくて、虎挟みを仕掛けているので足下に気をつけてくださいね」


 パウロは罠を仕掛けている場所を指さしました。


「……畑の面積のわりに、数が多い気がするんですが」

「四個セットで売られていたので、そのまま設置しただけですよ」

「農具って、どこで売っているんですか?」

「予算を伝えて、鍛冶屋に依頼するんです」

「……なるほど」


 無表情で頷くミカエルの隣で、ラファエロは鑑定魔法を発動しました。


「――これはまた。見事なまでに畑部分だけ状態異常を起こしておるのう」


 四人が立っている畦道は何の問題もない土なのに、外溝の内側――作物が植えられている区画だけおかしなことになっています。


 等間隔で作られた畝からは、パウロの几帳面さが窺えます。それなのに、異様に雑草が多く、異臭が充満し、育てている作物は葉が変色して枯れかけています。


「魔法を使うまでも無く、ひと目で異様だとわかりますね。――お隣は異常なし。道中も似たような状態の土地はありませんでしたし、パウロさんの畑だけに起きている現象のようです」


「ウチだけとなると人為的なものですか? 原因は? どうしたら元通りになりますか?」


「ここまできっちり線引きされているとなると、自然にという可能性は低いでしょう」


「やっぱり!」


 パウロの反応に三人は訝しげな顔つきになりました。


「作為的な異常を疑っているようですが、心当たりがあるんですか?」


「いえ。……でも、仕方ないかなとは思っています」


 ミカエルの問いに対して、パウロはなんとも曖昧な答えを返しました。


「どういうことじゃ?」

「……地元を捨てた奴がしれっと出戻ってきて、順調に農業してたら反感を買うこともあるかなと」


 少々卑屈な考えですが、地元民であるジョンも含めて、誰も否定できる根拠を持っていませんでした。


「ふむ。原状回復じゃが、通常の浄化魔法だと必要な微生物まで殺してしまうのう。異臭と雑草は消えるが、作物も育たなくなってしまうからの」


 犯人や動機については触れず、ラファエロは問題解決にのみ的を絞りました。


「それじゃ、うちの畑はもう……」


「諦める必要はない。要は加減じゃ。感知魔法を使って、必要以上に浄化しなければ良いんじゃよ」


 ラファエロの言葉にジョンは眉をひそめました。

 彼の言うことはわかります。わかりますが、魔法使いではないジョンですらかなり高度なことを要求しているというのも同時にわかります。


「ええと、それって二種類の魔法を同時発動させつつ、失敗が許されない状況で繊細なコントロールをするってことですよね」


「そうじゃ」


 はたして九歳のミカエルに可能なのかと仄めかしましたが、残念ながらラファエロには通じませんでした。


「ミカエル。ラファエロ様は、ああ言っているができそうか?」

「師匠の無茶振りはいつものことです」


「安心せい。ちゃーんと考えとるわい。おぬし等も錬金術の基礎である『質量保存の法則』は知っとるじゃろ?」


 閉鎖された空間で起きた事象は、物質の状態変化だけで移動が無いために総量が変わらないという有名な説です。

 基礎中の基礎なので、錬金術を学んでいなくても、教養の範疇として広く知られています。


「畑のある空間を結界で覆う――物体の出入りができないよう巨大なフラスコを作るイメージじゃな。失敗したら時間を戻せば、何度でもやり直し可能じゃ。成功するまで続ければ良いんじゃよ」


「「「……」」」


 笑顔で無限リテイクを提唱するラファエロに、残る三人は無表情になりました。


「この前、読んだ教育書に書いてあったんじゃが、子どものことを信じて、やり遂げるまで根気よく付き合うことが肝要らしい。達成感は自信につながり、失敗しても見捨てられないという経験が自己肯定感を高めるんじゃと」


「「「……」」」


「疲れても回復魔法かけてやるからの。失敗を恐れず、何度でも挑戦していいんじゃよ」


 天然で鬼畜です。


「ええと、……時間を戻すなんて、なにかしらの禁忌に触れそうなんですが」

「お、おれは畑が元に戻れば十分なので、そんなに大それた方法じゃなくても大丈夫ですよ」

「次元を断絶した閉鎖空間で行うから、現実では違法でも問題なしじゃ~」


 なんということでしょう。完全なる不法行為でした。

 ラファエロは問題視していないようですが、犯罪行為の口実にされるパウロからすればたまったものではありません。


(ついてきて良かったー!)


 ジョンは内心で絶叫しました。流石にお節介がすぎるかもと、悩んだ末に同行しましたが、その判断は正解でした。

 ジョンがどうやってラファエロを説得するか悩んでいると、ミカエルが挙手しました。


「すみません。挑戦する前に、お手洗いに行ってきていいですか?」


 パウロが自宅のトイレに案内しようとしましたが、ミカエルは拒否しました。


「お隣に借りに行ってきます」

「わざわざ他所に行かなくても、うちのを使えばいいじゃないか」

「パウロさんのところだと、堆肥の原料にされそうなので嫌です」

「これ。失礼じゃろうが」


 ラファエロが叱りましたが、ミカエルは悪びれもせず隣家に向かって駆け出してしまいました。



「それにしても家畜の臭いが凄いのう」


 道中で何件か家畜を飼っている家がありましたが、パウロの家周辺は殊更臭いが強い気がします。

 敷地の前を通り過ぎただけなのと、ど真ん中に立つのとの違いでしょうか。堆肥を使っているからか、畑の異臭も同類に感じます。


「たぶん排泄物を処理すれば、そこまで強くならないんでしょうが、うちは堆肥を作っているからでしょう」

「ううむ。子どもの頃から嗅ぎ慣れていたら、気にならんのかのう」


 ラファエロはつい顔を顰めてしましましたが、パウロは平気そうです。


「両親は購入した肥料を使っていたので、堆肥を作りだしたのはごく最近の話です。まあ、おれは元々家畜の臭いは苦手じゃないので」

「こっちに戻ってきてすぐに取りかかっていたけど、堆肥ってそんなに簡単にできるものなのか?」


 ジョンの質問に、パウロは頷きました。


「今は発酵石があるからな。本来なら数ヶ月から数年かかるところが、本に書かれていた手順通りに作れば二週間で完成するんだ」

「そりゃすごいな」


 発酵石は近代錬金術が生み出した代表的な発明品です。

 東にある発酵食品大好き国出身の錬金術師が、故郷の調味料を留学先で再現しようとして作り出したと言われています。郷愁――いえ、食への執念は、時に歴史的な偉業をもたらすのです。

 安価な発酵石は取り扱いが簡単で、市場へ行けば誰でも購入できます。

 発酵石で作ったかめに食材を入れて醸したり、今回のように砕いた石を混ぜ込んで反応を促進させるのが一般的な使用方法です。

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