呪われた畑(4)
男達が独特の臭気にまみれながらお喋りしている頃、ミカエル少年はまるで花畑にいるような芳しい香りに囲まれていました。
「本当に可愛いわねぇ。髪の毛さらっさら。お肌も羨ましいくらい綺麗」
「こんな弟が欲しかったわぁ」
「ねえねえ、お菓子食べたら喉渇いたでしょう? お茶も飲んでいきなさいな」
ミカエルの足で五分ほど歩いた距離にあった隣家には、三人の姉妹が住んでおりました。
*
ポーチにあるロッキングチェアに腰掛けて編み物をしていた長女は、突然訪ねてきた少年に驚いたものの、すぐに笑顔で歓迎してくれました。
本の次に甘い物が大好きなミカエルは、山のように積まれたクッキーを頬張り、しきりに頭を撫でてくる次女を見上げました。
「この家には三人だけで住まれているんですか?」
「そうよ」
「去年までは兄さんも住んでたけど、結婚して出て行っちゃったのよね」
「皆さんお綺麗ですが、お兄さんのように結婚して家を出る予定はないんですか?」
「あら。小さいのに口がお上手ね」
「お世辞じゃありませんよ。町に行ったら、男の人が放っておかないと思います」
「……そうなのよねぇ」
「だから辺鄙な場所で、身を寄せ合って自衛しているの」
ミカエルの言葉に、三人の顔が曇りました。
かつてパウロと同様に都会に憧れた長女は、大きな町のお菓子屋さんに就職しました。
看板娘として客の評判も良く、店主夫妻にもたいそう可愛がられました。
しかし付きまとってくる男が現れるようになり、身の危険を感じて実家に戻ったとのことでした。
次女と三女も職種こそ違うものの、似たりよったりな経緯で家に戻っていました。
「家に帰ろうとしたら後をついてきたり。店の前で待ち伏せしていたり……。本当に怖いのよ」
「思い切って同僚に相談してもモテ自慢扱いされて、騎士団に行ったら自意識過剰だってあしらわれて腹が立ったわ。何かあったら来てくれって、何かあってからじゃ遅いでしょ!」
「『俺と付き合えば守ってやる』って、なんで普通に生活するために、好きでも無い男と付き合わなきゃいけないのよ! 意味不明だから断ったら、男好きとかあることないこと言いふらされて本当に最悪。あんた私のことが好きなんじゃなかったの? 思い通りにいかなかったら貶めてくるとか下劣すぎるでしょ!」
当時味わった憤懣やるかたない思いを、姉妹は口々に語りました。
「……はぁ。生まれ育った家とはいえ、ここもいつまで安全かわからないのよね」
「こんな辺鄙なところまで追いかけて来るとは思えないけど、絶対とは言えないのが辛いわ」
「番犬を飼おうとしたけど、鶏が怯えちゃって断念したの。女だけで暮らしてます、なんて知られたら、かえって危ないことになりそうだから、取引先も増やさず細々と暮らしているのよ」
三人ともタイプの違う美人ですが、全員ゆるく編んだ髪を肩から流しているので、まるで搭に閉じ込められた髪長姫のようです。
「……案山子がいれば、少しはマシかもしれませんね」
「案山子? うちは養鶏家だから必要ないわよ」
「あまり匂っていませんが、近くに鶏舎があるんですか?」
「家の裏手にね」
「小まめに掃除して、堆肥に作り替えてるから臭いが少ないのかも」
長女の言葉にミカエルは首を傾げました。
家に入る前もそこまで臭いは強くありませんでした。
「パウロさんのところは、すごい臭いでしたが」
「パウロって誰?」
「お隣に住む男性ですよ」
「そうなの? お隣のご夫婦が亡くなったのは知ってたけど、新しい人が越してきていたのね」
「あれかしら。スローライフに憧れて都会の人が、畑付きの一軒家を買ったとか?」
「いえ。外に働きに出てた息子さんが戻ってきたんですよ」
「ふぅん」
次女は気のない返事をしました。
「同世代っぽいので幼馴染みかと思ったんですが、面識ありませんでしたか?」
「隣と言っても、距離が離れているもの。親同士は付き合いがあったみたいだけど、私はそのパウロって人の記憶は無いわね」
「私もよ。成長してからは親の代わりに最低限のご近所付き合いするようになったけど、その頃には彼も家を出ていたんでしょうね」
「まあ、ちょっと家畜の臭いがキツなと思ってたけど。我慢できる範囲だし、苦情を入れて険悪になるのは避けたかったしね」
「田舎は近所付き合いが盛んな印象でしたが、そうでもないんですね」
昔近所に住んでいた男の子が、大人になってから戻ってきたと知っても、三人のうち誰一人として興味を示しませんでした。
「兄さんもいた頃ならともかく、今は女だけで暮らしているからよ」
「そうそう」
自衛のために、三人はご近所付き合いも控えていると言いました。
*
ミカエルがパウロの家に戻ると、三人はまだ畑にいました。
「ミカエル、ずいぶん遅かったのう」
「もしかしてお隣は留守だったのか?」
最寄りの隣家は歩いて数分の距離ですが、更に隣となると倍以上の距離があります。
「いいえ。お隣でトイレを借りた後、色々とお話を聞いていました」
ついでにクッキーとお茶をご馳走になったのは内緒です。
おやつは一日一回まで。言わなければ、今日の分の権利はまだ消費されません。
ラファエロの「バレなきゃいいんじゃ!」の精神は、確実に弟子に受け継がれていました。
「パウロさん。畑を元に戻したら依頼達成ということでよろしいですね」
「えっと、再発予防もお願いしたいんだけど」
「具体的には?」
ミカエルが詰め寄ると、パウロは居心地悪そうに身じろぎしました。
「犯人を……いや、二度と畑が悪戯されないようにして欲しい」
「わかりました」
「いいのか!? ありがとう!」
「勘違いしないでください、今のはパウロさんの要望を了承したのではなく、あなたの目的とこうなった原因について『わかった』と言ったんです」
一呼吸おくと、ミカエルは宣言しました。
「結論から言えば、嫌がらせ犯は存在しません。あえて犯人の名をあげるとすれば、パウロさん――あなたです」
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