第5話 スイーツ国の女王、寝起きで魔法ぶっぱ?!


『ふふふ。よく来たわね。私はシガリア王国を治める女王エクレール。用件の者は向かって右手に進みなさい。ふふふ。よく来たわね。私はーーー』


録音だな、これ。


一応『体組織成分解析アナリシス』を使ってみる。


ふむ。

エネルギー供給は魔力だが、本体はただの……ラジカセだ。


異世界にラジカセ。

まあ、そのツッコミは後回しだ。


問題は、なぜ女王が来訪者を奥へ誘導しているのかだ。

まさか奥まで来させて退路を断つつもりか?


「いつまで突っ立ってるの? 早く奥へ行こーよ」


「罠かもしれないだろ」


「大丈夫だって。セージのステータス、なぜか全部チート級に高いから。魔王でもない限り負けないよ〜」


たぶん前世の健康生活が反映されたんだろう。驚くほどでもない。


「それより、女神の君は何も助けてくれないのか?」


「え? だって配信あるし」


俺の安全より配信なのか。

社畜の鏡だな。


「ホントはこうしてセージに干渉するのはアウトなのよ? こっそりやってるから、バレないように気を張らなきゃいけないの」


さっき神界に思いっきり中継してただろ。


……まあいい。どのみちアテにはしていない。


「仕方ない。奥へ行くぞ」


「ほいほ〜い♪」


スイーツ柄の分厚い絨毯を進むと、小さなドアが見えた。


『エクレールの部屋♡』と書かれている。


このセンス……女王はおそらく短気で情緒不安定。

理屈が通じないタイプだ。


最も苦手な相手だが、食材を得るためには向き合うしかない。


深呼吸し、ゆっくりドアを開ける。


中は甘い匂いと、こもった湿気で満ちていた。


「ぐごごごごご……」


地響きのような低音。


魔物か?


警戒して薄暗い部屋を見回すが、敵の姿はない。


再び、地面が揺れる。


カーテンを開けると――


「ぐごごごご……」


くしゃくしゃのチョコブラウンの巻き髪。

シルクのドレスを台無しにする風船腹。

不摂生で荒れた肌。


典型的な姫ベッドの上で、女が豪快に寝ていた。


「うわ〜。実物は初めて見たけど、すごい状態ねぇ」


……セラの声で現実に戻る。


落ち着け。驚いて脳がフリーズしただけだ。


まずは起こす必要がある。


「ほら、起きなさい。朝だぞ」


「まだ全然足りないわぁ〜。もっとエクレアよこしなさい……むにゃ……」


幸せそうに寝やがって。


「起きろ!」


琥珀色の瞳がゆっくり開く。


「だ、だれ?! く、くせもの?!」


「いや、録音の指示に従って来ただけだ」


「録音……? あぁ、昨晩の夜会が長くてね。来客用にセットしておいたのよ。こんな早朝に来るとは思わなかったけど」


「君がエクレール陛下で間違いないね?」


「そうよ。私がエクレール・ド・シガリア。気高き大女王。……なにその顔?」


気高さの欠片もない寝癖と顎だ。


まあいい、切り出しやすい。


「女王が夜更かしなんてするものじゃない。国全体に悪影響だ。いつか体調を崩して皆まとめて倒れるぞ?」


エクレールは不機嫌そうに頬を吊り上げ、


「そんなことよりスイーツを用意しなさい。ありったけ」


「無茶を言うな。見ての通り手ぶらだ」


すると右手を掲げ――


「私は寝起きで機嫌が悪いの! スイーツがないなら処刑よ!!」


「ま、待て! 落ち着け!!」


「騎士なんて呼ばない! この私が直々に手を下してあげるわ!!」


理不尽にもほどがある!


「いきなり説教なんだもん。今のはセージが悪いよ?」


「心の声を読むな!」


エクレールの手に光が集まる。

ものすごい魔力だ。


このままでは本気で撃たれる。


セラを抱えて距離を取ろうと――


ドサッ。


「え……?」


エクレールが崩れ落ちた。


顔は真っ青。汗だく。

丸い頬もこけている。


「ち、力が入らない〜……」


……夜更かしのツケだな。


「ボールがバウンドしたみたい〜♪」


「容姿を弄るな」


「ごめんごめん。神は太らないから分かんないのよね♪」


太ったら絶対からかってやる。


しかし――エクレールの様子が明らかにおかしい。


「セラ! 誰か呼べ!! 急げ!!」


「わ、分かった!」


セラがペアラSSを操作する。


ジリリリリリリ!!!


城中にアラームが響いた。


「よーし、もっと音量上げちゃおうか?」


「やめろ」


「むぎゅっ?!」


寝そべり顔を掴んで黙らせる。


「女王さま!?」


全身鎧の騎士たちがドカドカと駆け込んできた。


「どけ!!」


騎士は俺たちを押し退け、エクレールを丁寧に抱き上げ、ベッドへ横たえた。


慌ただしい空気の中、

俺はただ、事態がひとまず動いたことに安堵していた――。

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