第4話 夜更かしはダメ。ゼッタイ。


星の位置からして、今はだいたい――19時。


……それより問題なのは、目の前の光景だ。


「ハロ〜! 『Zランクだけど心はSランク♡』チャンネルで〜す♪

無事、シガリア王国に到着しました〜!」


いつもより二割増しくらいテンション高く、スマホに向かって中継しているセラを横目に、

俺は王国から漂う“ただならぬ気配”に圧倒されていた。


道中セラから聞いた話によると、ここシガリア王国は、この世界アスファレイア最大の国。

はるか昔から魔王グラト率いる魔王軍と争ってきたらしい。


大規模な戦争の後、互いに消耗した結果として現在は休戦状態。

そして、その魔王グラトを討ち倒せば世界に平和が訪れる――


……という、いかにも「転生モノのテンプレ」な前情報が、今は頭の端に吹き飛ばされている。


「ほらセージ! なにかリアクションしてよ!

せっかくのライブなんだから、絵的に映えてこそのコンテンツでしょ?」


「いや、それどころじゃないんだが……」


俺の予定では、王国に着くのは夜。

だから今日は城下町の散策は控えて、宿で休んで明日に備えるつもりだった。


そのはずだったのに――。


「なんだこのピカピカした明かりは!?

人の多さと、この騒がしさは!? もう19時だぞ!」


視界の端から端まで、ネオン風の看板・光る看板・動く看板。

ギルドハウスの看板まで、もはや銀座のクラブ街仕様。


すれ違う酔っ払いの数は数えるだけ無駄。

空気はむせ返るほど甘ったるい匂いで満たされている。


……一番ダメなの、間違いなくこの匂いだな。


「だからセージには合わないって言ったじゃん。この国、完全に“夜の街”なんだよ?」


「王国要素が一ミリもないんだが。

煉瓦造りの街並みはいい雰囲気なのに、全部ネオンで台無しだ……」


「私が堕落する前は、もっと静かな国だったんだけどね〜。

今の女王の趣味らしいよ、この“夜型スイーツ王国スタイル”」


見渡す限り、ジャンクフードとスイーツの屋台ばかり。

オーガニック食材を探すのは骨が折れそうだ。


異世界――やはり一筋縄ではいかないか。


「どうするの? 帰る?」


「冗談言うな。これ以上、空腹時間を伸ばすわけにはいかない。

何としてでも食材を手に入れる。とくにタンパク質は必須だ」


「あ、それ知ってる! 動画で有名な筋肉芸人が言ってた!」


……聞けば聞くほど人間界文化にどっぷりなんだな、君は。


「ちょっと待ってね、今調べるから」


寝そべりの丸い手で器用にスマホを操作する女神。

よくその手でフリック入力ができるものだ。


「えっとね〜、この国の女王エクレール・ド・シガリアは、無類のスイーツ好きなんだって。

それでギルドに“国からの正式依頼”って形でクエストを出して、各地の珍味やグルメを集めさせては食べまくってるらしいよ」


ギルドの使い方を、盛大に間違えていないか。


娯楽目的で国の戦力を使う女王もどうかと思うが……

問題はそこだけじゃない。


国を挙げてこんな悪習慣を垂れ流していれば、健康的な食材が一向に出回らない。

それはつまり、巡り巡って――俺のルーティンに致命的な悪影響が出る。


女王エクレールをどうにか説得し、この堕落した文化に終止符を打つしかない。


何より俺の健康のために。


「で、これからどうする?

ギルドの酒場で飲みながら情報収集とか? RPGの鉄板展開だよ?」


「今日は寝る」


「……え?」


「夜更かしは健康に悪い。酒なんて入れたら余計にだ。

今日は寝る」


寝そべりセラが、しゅん、と一回り小さくなった気がした。


何か期待してたんだろうが、夜更かし&飲酒は敵だ。


疲労で判断力が落ちている状態で乗り込んでも、ろくな交渉にはならない。


「そのペアラSSとやらで、ここから一番近い宿を予約してくれ」


「はぁ〜い……」


こうして俺は、空腹を抱えたまま、断腸の思いで眠りについた――。



翌朝。


一通りのルーティンを終えた俺は、早速、エクレール姫のいるシガレット城へ向かっていた。


「ふぁ〜……待ってよ〜」


背後から、寝そべり形態のセラがふらふらとついてくる。


「無理して来なくても良かったんだぞ」


「何言ってるの。私が配信しないと誰が配信するのよ。

楽しみにしているたぁ〜っくさんの視聴者さんのために、私は頑張るんだから!」


PV6で「たくさん」と言い切れるメンタルは、確かにAランクかもしれない。


「それにしても、城の近くまで甘ったるい匂いってどういうことだ……。

糖分で城が溶けるんじゃないか?」


「私は好きだけどね〜。なんか全部お菓子でできてそうでワクワクする!」


甘味の恐ろしさを誰も理解していないらしい。


遊園地感覚で口にしていいものじゃないんだが。


そんなことを考えていると、天井まで届きそうな巨大な茶色い扉が視界に入った。


この先に、シガリア王国の女王エクレールがいる。


シガレット城を象徴する、稲妻のように波打つ金色のドアノブに手をかけ――

勢いよく扉を押し開けた。


茶と金を基調にした豪華な王座。

その中央に、ポツンと置かれている“何か”。


「ねぇねぇ! これってラジカセってヤツだよね!?

すごーい! 本物見るの初めて!」


……ここ、王国の玉座の間だよな?


朝の静けさに包まれた王の間で、

場違いにもほどがある家電を見つめながら、

俺の中の「異世界イメージ」は、ものすごい勢いで崩壊していくのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る