第3話 異世界でHIITやったらPV6だった


異世界に転生して三日目――。


たった数日だというのに、この世界にもだいぶ慣れてきた。


食材も服の繊維も、色や形は現実では見ないものばかりだが、案外すんなり受け入れられた。


体組織成分解析アナリシス』のおかげで危険物を避けられているし、健康ルーティンも崩れずに済んでいる。


……我ながら適応力が高すぎて笑えてくるな。

四十にもなって、こんな環境で普通に生活できているとは。


そんなことを考えていると――


「ハロ〜神界のみなさ〜ん♪

『Zランクだけど心はSランク♡チャンネル』のお時間で〜す!

今日から人間界の選ばれし救世主・アオバセージ君の生活を、密着ドキュメンタリーとして生配信していきまーす♪」


……やりやがった。


セラ、本当に配信を決行しやがった。


拒否し続けてきた俺の努力とは。


救世主になる気はないと言い続けたのに、諦めないあたり意外と執念深い。


だが俺のやることは変わらない。


「ふぁ〜……。第一回ということで、今日はセージの日常に迫っていきたいと思います〜」


「あくびしながら放送するのか」


「だいじょーぶ。私のペアラPro Max シンセティックソウルエディション、通称ペアラSSには自動音声修正機能があるから♪」


妙に現代的だ。


「てかセージが悪いんだよ。まさかこんな朝早く起きるとは思わなかったし。まだ5時だよ?」


「神様の事情なんて知らん。俺の一日は4時起床から始まる」


「時計持ってないのに、なんで時間分かるの!? 神なの!?」


当然だろう。


完璧な生活リズムは身体に染みつく。

太陽の位置と空気の変化だけで、精密時計並みの精度が出るものだ。


「で、さっきから何してるの?」


「見て分からないのか。HIITだ」


「ヒット? 野球?」


野球は知ってるのか。


「High-Intensity Interval Training――高強度インターバルトレーニングのことだ」


「ふーん。高強度ねぇ〜」


あと10秒。


ここで限界を超えられるかどうかがすべてだ。


「ハァッ……! ハァッ……! ハァッ……!」


酸素が足りない。

ジャンピングバーピーのみの構成はやはり負荷が高い。


四分もやれば全身が悲鳴をあげるが……

不思議とこっちの空気は新鮮で、どこか気持ちがいい。


大の字で寝転ぶと、寝そべり人形の顔がぬっと視界に入った。


「絵的には面白いけどさ、そんな苦しそうなのにやる意味あるの?」


「大アリだ。持久力アップ、脂肪燃焼、道具要らず。

だが俺が一番重視しているのはミトコンドリア活性化による若返り効果だな」


「ミト……? 長くない? 覚えられないんだけど」


君のフルネームよりは短いが?


「ミトコンドリアは細胞内の小器官で、ATPというエネルギーを――」


「長い!! ながーーい!!」


「説明はまだ途中だぞ」


「セージの話、難しすぎ! つまんない!!」


ガーン。


切り方が鋭利すぎる。


「要は、身体に喝を入れて若さを保てるってことだ」


「へぇ〜若返りねぇ。そんなものに気を遣わなきゃいけない人間って大変ね」


「神でも油断していれば体調崩すだろう」


すると寝そべり人形は、嘲笑うようにふわふわ揺れ始めた。


「ふっふ〜ん! 神はね、どれだけスイーツ食べても太らないんだよ? ラッキー♪」


その白目に向かって指を突きつける。


「身体は嘘をつかない。無限に思えることも、いつか帳尻を合わせる日が来る。

油断すれば後悔するぞ」


「ちょ、ちょっと怖いんだけど!」


さて。息も整ったし朝のルーティンも完了。


「女神様に説教もしたし、買い出しに行くか。二日空腹が続くと筋肉が悲鳴をあげる」


「そりゃ動けばお腹も空くよね。……え、ニ日?」


「ん? ああ。転生してから何も食べてない」


寝そべりの顔色が青くなる。


「えええええぇぇぇ?!

ホントに?! なんで?! 嘘でしょ?!? 視聴者さんもドン引きしてたんだけど!」


「適度な空腹は身体に良い」


「いやいやいやいや!!」


丸い両手がバタバタする。


「ほら、視聴者さんからのコメント見てよ!」


虹色のスマホが押しつけられる。


――――

記録管理長:『このひと、ほんとに人間? ふぁ…。寝よ…』

食材管理長:『すご〜い。食べなくても生きていけるんだね〜』

神界行事統括官:『あはは! おもしろっ! 今度イベントで使ってみようかな♪』

――――


勝手に面白がられている。


「PV6か。頑張れ」


「数字で刺してこないでっ!! これから増える予定なの!!」


予定……か。


どう見てもガバガバ計画にしか聞こえないが、

そこは黙っておくか。


「私なんて、セージが寝てる間にいったん神界に帰ってご飯食べてから来てるんだよ?」


完全に社畜のそれだ。


「昔はともかく、三食食べるのは今の時代では食べ過ぎだ。確実に老化を促進する」


「あなた、ほんと変わってるわ……」


「それより、近くの町はどこだ? 買い出しに行きたい」


セラは昇る太陽を指差す。


「真っ直ぐ行けば、シガリアという王国があるわ」


「王国!? 素晴らしい! 早く行こう!!」


「なんかキャラ変わってない?」


「アニオタにとって異世界の王国はロマンなんだ」


「そのテンション、履歴書に書いてあったから転生させてあげたのよ。

わざわざこの姿にもなってあげたし」


本能的に胸の前で十字を切る。


「そこだけは感謝する」


「そこだけっ?!?」


「他に世話になった覚えがないから」


セラはうーんとうなり、


「シガリア王国ねぇ……セージとは合わない町だと思うけど」


なんでだ?


まあいい。

これ以上の空腹はさすがに筋肉に悪い。選択肢は一つ。


「構わない。行こう」


こうして、一人で唸る寝そべり女神を連れ、

朝露きらめく森へと足を踏み入れたのだった――。

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