第2話 森に女神が寝そべっていた件
耳を澄ませば虫の声。
鼻をくすぐるのは土と草の混じった懐かしい匂い。
どうやら俺が転生して降り立ったのは、森のど真ん中らしい。
そして目の前には――これ見よがしに小さな木造の小屋。
完璧だ。
自然に囲まれ、雑音ゼロ。
ストレスフリー。運動し放題。HIITに最適。
睡眠の質も爆上がりするだろう。
セラよ、よくやった。
……欲を言えばトレーニンググローブとヨガマットも一緒に転生してきてくれれば最高だったんだが、贅沢は言うまい。
小屋に向かって歩いていると、地面に“何か”が転がっているのに気づいた。
「なっ……?!」
思わず声が出た。
いやいや、ありえない。
ここは異世界だぞ。
某有名アイドルアニメの寝そべり人形があるわけ――
あるわけ……
あった。
しかも一番一般的な Mサイズ。
モフモフし放題なのに持ち歩きやすい、あの絶妙なサイズ感。
「……神々からのプレゼントか?」
吸い寄せられるように手が伸びる。
が、待て。
落ち着け、聖司。
これは罠かもしれない。
姿を偽った魔物の可能性もある。
第二の人生でいきなりトラップは御免だ。
俺には磨くべき健康ルーティンがある。
そうだ。
転生時にもらったスキル――
『
深呼吸して、寝そべりに意識を集中させる。
***********
セラフィーナ=ルクス=テンテケレイア=セレスティアル=グローリア
(寝そべり人形ver)
・分類:ぬいぐるみ(高級神界モデル)
・構成成分:天綿40%/魔法繊維30%/自尊心フレーク30%
・サイズ:全長30cm × 横18cm × ふんわり厚
・重さ:500g(見た目以上に存在感)
・状態:ほかほか/配信スタンバイ/やや誇らしげ
・特徴:撫でると「えへへ♥」ボイス/たまに瞬き
・危険度:低(※雑に扱うと本人が本気で凹む)
・備考:魂バインド済/ペアラSSと連動/抱くと信仰心+1
***********
……なるほどな。
「セラ。どうして君がここにいる」
「ぬわっ?! な、なんで分かったの?!」
寝そべり人形はゆっくり宙に浮き上がった。
笑顔が怖い。ホラーじゃないか。
「だって、あなたったら説明も聞かずに転生しちゃうんだもん」
「世界を救う話なら断ったはずだが」
「今はそれはいいの。それより大事なことがあるのよ」
世界より大事なこと……?
寝そべりの揺れがぴたりと止まる。
「神にはね、A〜Zまでランクがあるの」
「ふむ、レギオンバトルみたいなやつか。面白そうだな」
「ちがーう!! そんなゲームと一緒にしないで!
ランクは神の人権に直結する超重要システムなの!」
「で、実は最下層で悩んでるとか?」
ピンポーン♪
どこからともなく正解音。
「そう! 私はZランク女神なのだ!」
言い方よ。自虐にもほどがある。
「伸び代があっていいじゃないか。頑張って出世しろよ」
小屋のドアに手をかけた瞬間――
「待って! 本当に崖っぷちなの!
威厳を取り戻すにはあなたしかいないのよ!!」
ぬいぐるみ越しでも分かる必死さ。
涙で繊維が湿っている。
「そんなこと言われてもな……」
救世主になる気なんてないんだが。
だがここまで懇願されるとなぁ。
話くらいは聞くか…。
……世界を救うより大事なことというのも気になる。
「力を貸すって、何をすればいい?」
「やった! ありがとう!」
「待て。まだOKとは言ってない。内容を聞いてからだ」
その瞬間、寝そべりの手が光り出す。
手のひらに何かが吸い付くように現れた。
「スマホ……?」
「神界でも使ってるよ?
でも私のペアラは特注モデル! 超便利なんだから〜♪」
世界観がぐらつく音がした。
「で、そのスマホがなんなんだ?」
「ふっふっふ……!」
寝そべりが誇らしげに宙返り。
その無機質な笑顔が目の前へ迫る。
「あなたの活動を生配信します♪」
…………は?
「あなたの生活を神界動画サービス“G-tube”で中継!
PVを稼ぎまくって、私の株を爆上げ!
Aランクに返り咲くのよ!」
「嫌に決まってるだろ。なんで俺が公開処刑されなきゃならん」
「ぐふふ。人間のあなたに拒否権はないのだ。
神権って便利〜♪」
性格悪いなこの女神。
「でもね、これはまだ神界には内緒なの。
問題は、この堅苦しい神界ルールをどう突破して許可を取るか……」
「ちょ、勝手に話進めるな!」
「ま、とにかくそういうことだから。
これからよろしくね、セージ♪」
……これは、とんでもないことに巻き込まれたかもしれない。
俺の健康ルーティンは守られるのだろうか。
寝そべりの丸い白目を眺めながら、
俺はしばらく現実を受け止められずにいた――。
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