最終話 ― 久留米の守り神、かっぱどん

和光の旅は長かった。

あんからをんまで、五十音の響きに宿る妖怪たちと対峙し、彼らの試練を受け、境界の意味を学んできた。

「ん」という音が、終わりであり始まりであり、境界であり循環であることを悟ったとき、和光は故郷・久留米へと戻ってきた。

久留米の町は、筑後川の流れに抱かれ、古くから水と共に生きてきた土地である。

その川には、ひとつの伝承があった。

――久留米の守り神「かっぱどん」。

かっぱどんは、ただの妖怪ではない。

川に棲む精霊でありながら、人々を害することなく、田畑を潤し、子どもたちを見守り、町を守る存在として語り継がれてきた。

その姿は、頭に皿を持ち、背に甲羅を背負い、しかしどこか人間のような温かさを漂わせていた。

和光は夜の川辺に立ち、静かに呼びかけた。

「かっぱどん。私は五十音の妖怪たちと旅をしてきました。『ん』の響きが境界であり、終わりであり、始まりであることを知りました。

しかし、ここ久留米には、その境界を守る者がいる。あなたこそ、久留米の守り神です。」

すると、水面が揺れ、月光を受けてひとつの影が浮かび上がった。

かっぱどんが姿を現したのだ。

「よくぞ戻ったな、和光。」

その声は川の流れのように穏やかでありながら、深い響きを持っていた。

「お前は五十音の旅を終え、境界の意味を知った。だが、境界を守り、調和を保つのは人の心だ。

我は久留米を守る者、そしてお前は言葉の旅を守る者だ。」

和光は黙って頷いた。

五十音の妖怪たちとの出会いは、試練であり、学びであり、そして自らの心を映す鏡だった。

「さん」は記憶を散らし、「しん」は心を揺らし、「すん」は時間を裂き、「せん」は境界を描き、「そん」は存在を問い詰めた。

「ぱん」は破壊を、「ぴん」は緊張を、「ぷん」は爆発を、「ぺん」は言葉を、「ぽん」は余韻を示した。

それらすべてが「ん」という響きに収束し、和光の中に宿っていた。

かっぱどんは川の水をすくい上げ、和光に差し出した。

「この水を飲め。久留米の流れは、お前の旅を受け入れる。」

和光はその水を口に含んだ。冷たく、しかし温かい、不思議な感覚が広がった。

その瞬間、川面に五十音の妖怪たちの影が映り、すべてが「ん」という響きに収束していった。

あんからぽんまで、すべての妖怪が一つの音に溶け、川の流れと共に消えていった。

「旅は終わり、しかし響きは続く。」

和光は静かに呟いた。

「久留米の守り神、かっぱどんと共に。」

かっぱどんは微笑み、川の奥へと姿を消した。

その余韻は、久留米の町に静かな守りをもたらした。

和光は川辺に立ち尽くし、夜空を見上げた。

星々は瞬き、月は輝き、そして「ん」という響きが宇宙の奥底から聞こえてくるように感じられた。

それは終わりであり、始まりであり、境界であり、永遠の循環を示す音だった。

和光の旅はここで閉じる。

だが物語は終わらない。

「ん」の響きは、言葉を紡ぐ者すべての心に宿り、未来へと続いていく。


終章の余韻

こうして「五十音妖怪譚」は完結する。

主人公・和光は、五十音の妖怪たちとの旅を通じて、言葉の響きに宿る宇宙の真理を学び、最後に故郷・久留米の守り神「かっぱどん」と出会うことで、旅の意味を調和と守護に収束させた。

「ん」という音は、境界であり、終わりであり、始まりであり、永遠の循環を示す。

そしてその響きを守るのは、人の心であり、土地の守り神である。

久留米の川は今日も流れ続ける。

その水面には、かっぱどんの影が揺れ、和光の旅の余韻が静かに宿っている。

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妖怪小説 ―久留米の守り神「かっぱどん」 牛嶋和光 @kazu1048

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