第13話 妖怪譚 ―「ばんからぼん」

和光は寺の境内に迷い込み、鐘の音に導かれて「ん」の響きの妖怪たちと出会った。

• ばん ― 般の妖怪。すべてを平らにし、個を失わせる。人の心を均質にしてしまう。

• びん ― 敏の妖怪。鋭い感覚を与えすぎ、過敏にしてしまう。小さな音にも怯えさせる。

• ぶん ― 文の妖怪。言葉を操り、記録を歪める。書かれたものを別の意味に変える。

• べん ― 弁の妖怪。理屈をねじ曲げ、真実を隠す。議論の場を混乱させる。

• ぼん ― 凡の妖怪。すべてを凡庸にし、輝きを奪う。人の夢を平凡に変えてしまう。

和光は一体ずつ対峙しながら悟る。

「ばん」は均質、「びん」は過敏、「ぶん」は言葉、「べん」は理屈、「ぼん」は凡庸――それらは人間の知と社会を試す濁音の五つの力だった。

最後に「ぼん」の妖怪が囁く。

「すべては凡庸に沈む」

和光は答える。

「凡庸も理屈も言葉も感覚も均質も、すべては響きに還る。『ん』は境界であり、始まりでもある」

その瞬間、五体の妖怪は「ん」という一つの響きに収束し、寺の鐘の余韻とともに夜空へ消えていった。

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