第11話 妖怪譚 ―「ざんからぞん」


和光は荒れ果てた戦場跡に立った。そこには濁音の「ん」で終わる妖怪たちが潜んでいた。

• ざん ― 残の妖怪。過去の傷跡を残し、人の心に消えぬ痛みを刻む。

• じん ― 人の妖怪。群衆の影を操り、個を失わせる。

• ずん ― 図の妖怪。形を描き、世界を枠にはめる。

• ぜん ― 善の妖怪。善悪を問いただし、人の心を試す。

• ぞん ― 存の妖怪。存在そのものを揺るがし、己の在り方を問い詰める。

和光は一体ずつ対峙しながら悟る。

「ざん」は過去の残滓、「じん」は人の影、「ずん」は枠組み、「ぜん」は倫理、「ぞん」は存在――それらは人間の生を縛る五つの濁音の力だった。

最後に「ぞん」の妖怪が囁く。

「お前は本当に存在するのか」

和光は答える。

「存在は響きに宿り、響きはまた存在を生む。『ん』は境界であり、永遠の循環を示す音だ」

その瞬間、五体の妖怪は「ん」という一つの響きに収束し、戦場の闇へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る