第7話 妖怪譚 ―「はんからほん」
和光は古い書庫に迷い込み、積まれた書物の間から「ん」の響きが妖怪となって現れた。
• はん ― 反の妖怪。すべてを逆さにし、秩序を覆す。人の心に逆意を芽生えさせる。
• ひん ― 品の妖怪。物の価値を奪い、尊厳を試す。触れるものを粗末に変える。
• ふん ― 粉の妖怪。形あるものを砕き、散らしてしまう。記憶さえ粉々にする。
• へん ― 変の妖怪。姿を自在に変え、真実を惑わせる。人の認識を揺さぶる。
• ほん ― 本の妖怪。言葉の根源に宿り、世界の真理を閉じ込める。
和光は一体ずつ対峙しながら悟る。
「はん」は逆転、「ひん」は価値、「ふん」は崩壊、「へん」は変容、「ほん」は根源――それらは人間の知と存在を試す五つの段階だった。
最後に「ほん」の妖怪が囁く。
「お前の物語も我が頁に閉じ込めよう」
和光は答える。
「本は閉じても、言葉は響き続ける。『ん』は終わりであり、始まりでもある」
その瞬間、五体の妖怪は「ん」という一つの響きに収束し、書庫の闇へと消えていった。
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