第4話 妖怪譚 ―「さんからそん」
和光は川辺に立ち、夜風に耳を澄ませた。すると「ん」で終わる音が次々に妖怪となって現れる。
• さん ― 散の妖怪。人の思い出を散らし、記憶を風に舞わせる。
• しん ― 心の妖怪。胸の奥に潜み、恐怖や希望を増幅させる。
• すん ― 寸の妖怪。時間を切り刻み、一瞬を永遠に変える。
• せん ― 線の妖怪。境界を引き、人と人、世界と世界を隔てる。
• そん ― 存の妖怪。存在そのものを問いただし、己の在り方を揺さぶる。
和光は一体ずつ向き合いながら悟る。
「さん」は過去を散らし、「しん」は心を揺らし、「すん」は時間を裂き、「せん」は境界を描き、「そん」は存在を試す。
最後に「そん」の妖怪が囁く。
「お前は何者だ」
和光は答える。
「私は言葉の境界に立つ者。存在は響きに宿り、響きはまた存在を生む」
その瞬間、五体の妖怪は「ん」という一つの響きに収束し、川面に溶けて消えた。
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