第2話 せめて異世界スローライフを送りたい!

「ところで受付嬢さん。呼び方は『受付嬢さん』でよいのでしょうか?」


「お好きにどうぞ」


「じゃあ、受付嬢さん。俺が自分の人生を思い出す前に、『転生該当者に関するに規則』について、一つ確認したいところがあるのですが」


「どうぞ」


 受付嬢さんが投げやりなのは気にせず、俺は当規則について振り返る。


・第一に、前世が不遇であったこと。

・第二に、誰かを救うために命を落としたこと。もしくは、不遇な死を遂げたこと。


「この規則なんですが、両方を満たさなければいけないものなんでしょうか」


 果たして、受付嬢さんは首を振る。


「いいえ。どちらか片方を満たせていれば大丈夫です」


 あら。ここでの『不遇』の定義にもよるが、これは相当緩くなったな。


 果たして、両方とも満たさないということはあるのだろうか。


 両方とも満たさない俺の前世というと、不遇なんてことはなく人並み以上の人生を送って、英雄的でも悲劇的でもない死、さしずめ年老いて大往生、といったところだろうか。


 しかし、それにしては手にしわが少ないというか、ないというか、若々しいというか…。触れてみた感じ、きちんと肌に張りがあるように思う。念のため顔にも触れてみるが、確かにそうだ。


 確かめようと受付嬢を照らすスポットライトのような何かに手を近づける。…が、すんでのところでバチッと手に電流が走る。静電気よりも遙かに強烈なそれは、俺に尻餅をつかせるのに充分な威力であった。


 ただ、その刹那に見えた自分の手は、確かに若者のそれであった。


「お触り禁止バリア魔法です」


「いや、そのつもりは…」


 バリア魔法だったのか、それ。それが何かは知らないけれども。


 …ともかく。ならばと、次の質問をしてみる。


「多分俺はそこそこ若いと思うのですが、これは前世で死んだときの姿であるという認識で間違いないでしょうか」


「間違いないです。というのも、ここは貴方の世界と剣と魔法の異世界を繋ぐ中継地点というようなもの。異世界に転生して初めて、金髪碧眼イケメンあるいは黒髪ヤレヤレ系イケメンになれるのです」


 なるほど。


 ならば、この身体の全体像がわかれば、前世において大きなヒントになりそうである。


「あの、貴女を照らす光をもう少し広げることは…」


「できません。バリア魔法ですので。ですが姿鏡を用意し、貴方にスポットライトのようなものを当てることはできます」


 答えて、受付嬢は右手人差し指を、指揮者が指揮棒を振るように、魔法使いが魔法の杖を振るうように、くるりくるりと踊らせる。


 するとたちまち俺をスポットライトが照らし、横には黄金の姿鏡がゴトンと軽い音をたてて出現した。


 俺は姿鏡に正対し、正面を見る。


 そこには、黒髪黒目、つまりは日本人の若い男がいた。そいつが病的に色白で痩せ細っているのは、グレーのダボダボなスウェットと黒いジャージという、いかにもな格好から生えた顔や四肢を見れば一目瞭然であった。


 これは、なんといいますか…。


「髪の毛、めっちゃべたついてますね。顔も油まみれでニキビまみれ」


 受付嬢さんは俺を横顔を見て言う。


「そりゃあ、鏡を見ればわかりますよ。こいつは相当不摂生な生活をしていたようですね」


「他人事ですね。あと汚い顔をこっち向けないで下さい」


「だって記憶ないもん。あと石けんとお湯用意できます?」


「それもそうですね。あと石けんとお湯ですね。承知致しました」


 受付嬢さんが指を振る。すると頭にコツンと石けんが落ちてきて、鏡から顔に向けてお湯が噴き出してきた。


「ウワップ!?」


 驚いて、それはもう滑稽なリアクションをしてしまった。


 それでもどうにか顔を洗う。


 この後清潔なタオルをいくつか出してもらってから顔を拭き、それから木桶を用意してもらってそれにお湯を溜め、シャンプーを出してもらって、それで髪を洗った。


 さらに残りのタオルをお湯に浸して絞り、身体を拭いた。その後乾いたタオルで身体を拭く。受付嬢さんが僕の不潔な身体は見たくないと言うので、なるべく服を脱がないようにして、全身のうち、拭けるところを拭いた。


 最後に姿鏡以外の全てのものを受付嬢さんの指の一振りで消してもらった。


 そこには、顔じゅうのニキビやニキビ跡こそ消えていないものの、それなりに清潔になった若く痩せ細った、色白の男の姿があった。


「思ったのですが、さっきから物を出し入れしているそれって、魔法ですか?」


「ええ、そうです」


 こうして魔法を目の当たりにすると、ますます異世界に行って魔法を使ってみたくなる。


「あのですね、受付嬢さん。俺はチート魔法やチート剣術スキルなんかで異世界無双などという贅沢の中の贅沢など、もはや望みません」


 よく考えてみれば、そんなものはキャラじゃない気がする。


「せめて…、そう! スローライフ! 異世界の並の人間くらいの魔法が使える、並の人間として生まれ変わり、異世界スローライフを送ることができれば、充分すぎるくらい充分なのです」


 並の生活を送ることが、どれだけ贅沢なことか。どうやら俺は、そのことを知っているらしい。


 故に、心から願いを訴えることができた。

 

 しかし、受付嬢さんはその切実な願いを、きっぱりと切り捨てた。


「それでもダメです。『転生該当者に関する規則』に、貴方は該当しませんので」

 

 

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