異世界転生かと思ったら突っ返される話

おもいこみひと @毎週月水金更新

第1話 納得いくわけねぇだろ。

「どうやら、貴方がここに呼ばれたのは、こちらの手違いだったようです。申し訳ございませんが、あちらからお帰り下さい」


 黒よりも暗い暗黒の中にぽつんと照らされている、受付嬢を名乗る金髪を後ろで一纏めにした女性は右手を傾けて暗闇を示しつつ、俺に向かってそんなことを言った。


 淡々と抑揚なく、そんなことを宣った。


 いやいや、おかしいだろ。


 気がつくとこんなところにいて、意味深に一人のきちんとした身なりの女性がいて「貴方は死んだので、剣と魔法の異世界にチート能力盛り盛りで転生して頂きます」なんて言われたものだから、人目も憚らず有頂天になっていたというのに。


 いや、人目と言ってもこの受付嬢一人であった訳だけれども。


 ともかく、そしたら通知音のようなものが聞こえて、女性が左手を自身の耳に当て、誰かと何かを話したと思ったら、冒頭のような世迷言を言われた、という経緯である。


 当然、僕は抗議する。


 最初は物腰低く、やんわりと。


「いやいや、一度あんなに期待させておいて、これはあんまりじゃあ、ありませんか?」


「申し訳ございませんが、規則ですので」


 向こうは変わらず、お役所仕様で淡々と。


「それは一体全体どの様な規則です?」


「転生該当者に関する規則です」


「…その転生該当者? の規則というのは、具体的にどの様なもので? そもそも、転生該当者とは、何でしょうか」


「転生該当者とは、異世界に転生する条件を満たした者のことです。またその条件を具体的に記したものが『転生該当者に関する規則』となります」


「その具体的な内容とは、一体?」


「では、こちらをご覧下さい」


 受付嬢は右手を先ほどよりも傾け、水平にする。すると真っ白い手袋に包まれた手のひらから紐で括られた大きな古紙のようなものがひとりでに出現し、ひとりでに紐がほどけ、開いた。


「えーっと何々…?」


・第一に、前世が不遇であったこと。

・第二に、誰かを救うために命を落としたこと。もしくは、不遇な死を遂げたこと。


「……これだけ?」


 十箇条くらいを想定していただけに、思わず間抜けなふうになってしまった。


「ええ、これで全部です」


 あっさりと。どうやら冗談などではなく、本当にこの二つしかないらしい。


 まあ、だいたいの異世界転生物の主人公の共通点をあげつらうなら、本当にこれぐらいのものだろう。あんまり条件を増やすと異世界転生で救われる主人公があまりにも限られてしまうだろうし。


 だから『転生該当者に関する規則』が二箇条しかないというのも、飲み込んでしまえば、別に違和感があるものでもない。


「…ふむ」


 話をまとめよう。


 俺はあの二箇条のうち、片方もしくは両方の条件を満たしていない、ということだろうか。


 受付嬢にそのように問うと、彼女は「まあ、そんなところです」と。


 何だか、扱いが雑になってきた気がする。理由は説明したのだから、さっさと向こうに行けと言いたげである。


 しかし、俺としてもここで引き下がる訳にはいかない。輝かしい異世界ライフに胸躍らせてしまった自分を納得させるだけの理由は欲しいところだ。


 もっとも、簡単に納得する気はないが。


「では、その規則とやらにどう抵触しているか、教えてくれませんか」


 受付嬢は深い溜息。実に不快そうである。


 彼女は少し思案した後、口を開く。


「もしかして貴方、どのようにしてここに来られたか、覚えていませんの?」


 問われて、ハッとする。どんなに頑張って思い出そうとしても、前世の記憶はまるで靄でもかかっているかのように曖昧なままである。


 せいぜい覚えているのは、現代の日本社会に生きていて、多少のオタク文化に触れてきたことくらいか。


「えっと、つまりは……」


 自分が何者で、どのような人生を送ってきて、どのように死んだのか。この辺りを思い出さないと、自分が不遇の生を送ってきたどうか、自分が英雄的あるいは不遇な死を遂げたかどうかなんてわからない。


「思い出せない、ってことですか」


 心底めんどくさそうな顔をする受付嬢さん。


 俺は首肯する。


「ですから、せめて俺が思い出すまでは、向こうに行くのは保留、ということにはできませんでしょうか」


 さらにめんどくさそうな顔をする受付嬢さん。


 やばい、なんだか向こうに強制送還されそうな雰囲気である。何が待っているかわからない暗闇の向こうに、納得しないまま送られるのは御免被る。


 ここは、どうにか宥めなくては……。


 しかし、受付嬢は溜息をつきつつ「わかりました」と。


 どうやら、諦めてくれたらしい。


 ともかく、俺はこの暗闇のなかで、そこにスポットに照らされ浮かぶようである受付嬢とともに、日本で死ぬまでの記憶を思い出そうと頑張ることになったのであった。

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