第2話

 セントレリア孤児院は、自然豊かな山奥の小都市にあった。


 院の門前まで来ると、自然豊かな庭園の中を、幼い子供たちが駆け回っているのが見えた。


 だがその中に、エレイスの姿は見つからない。——それも当然よね。だってあの子はもう、幼い・・子供じゃないんだから。


 もしかしたら彼女はもう、今の自分には見分けがつかないぐらい成長しているかもしれない。

 エレイスはどんな大人になっているだろう。そんな思いを胸に、ラキナは孤児院の戸を叩いた。


 出所する前から手続きをしていたおかげで、その後の流れはスムーズだった。


「ようこそお越しくださいました、エレイスもお母さんに会えると喜んでいましたよ。こちらへどうぞ」


「ご丁寧に、ありがとうございます」


 応接室まで案内してくれた職員に礼を言い、ラキナはドアノブに手をかける。


 この先に、十五歳になった我が子が。そう思うと、胸が高鳴ると共に指先が震えた。


 まだ顔を見てもいないのに込み上げてきそうになった涙を堪えつつ、扉を開く。


 ——精巧な人形と見紛うほどに美しい少女が、そこにいた。


 雪のような白銀の髪、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳。

 肌は白くきめ細やかで、まるで白磁のようだ。

 四肢は華奢だが、胸元は女性らしく膨らんでいた。


 もう、ラキナの腕に収まるほど小さな赤ん坊はそこにはいない。


 エレイスがこんな絶世の美少女に育つなんて、彼女が生まれたばかりの頃には一切思わなかった。


 彼女がここまで成長するまでの過程を見逃してしまったことが悔しい。


 だがそれ以上に嬉しかった。娘がちゃんと健康に育って、大人になってくれたことが。


 二つの感情が入り混じり、やがて涙となって激流のようにラキナの瞳から溢れ出す。まだ話してもいないというのに。


「ど、どうしたんですか? ……お母さん」


「あぁ、ごめんなさいね。あなたがあんまり美しいものだから、涙が出てきちゃったの」


「ええっ!? わ、私が綺麗だから、ですか……!?」


 エレイスは真っ白な頬を、かぁっと赤く染め上げる。


「お、お母さんの方がずっと綺麗です!」


「あらあら、お上手ね。でも気を使わなくていいのよ。私、もう三十五のおばさんなんだから」


「年なんて関係ありません! こんなに綺麗な人、生まれて初めて見ました……!」


 エレイスの大きな瞳が、ラキナをじっと見つめる。

 その視線はやけに熱っぽい。まるで恋する乙女のように。


「もう、エレイスったら。あんまりおばさんをからかわないの」


 照れを誤魔化すように笑いながら、ラキナはエレイスの向かいの席に座った。

 するとエレイスが、食い気味に自己紹介してくる。


「はっ、初めまして、エレイスです! ……あっ、初めましてじゃないんですよね……」


「ふふっ、そうよ。最後に会ったのは十四年前だから、もう覚えてないわよね」


「す、すみません……」


「いいのよ、気にしなくて。それより、もっと気楽にしてちょうだい。親子だもの。あなたには、その実感は湧かないかもしれないけれど……」


 ラキナの優しい微笑みから、エレイスはさっと目を逸らす。


 ——照れているのね。ラキナは微笑ましさを覚えた。


「あなたのこと、もっと知りたいわ。好きなものとか、趣味とか、よかったら聞かせてちょうだい」


「す、好きな……そう、ですね——」


 エレイスは視線を泳がせ、少し迷うような素振りを見せる。

 だが、意を決して言い放った。


「私、お母さんのことが好きですっ!」


「——えっ?」


「ひ、一目惚れ、でした……、こんな気持ちになったのは、生まれて初めてですっ!」

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