第50話 解答

「第一に、なおちょうさんを即刻始末するとは考えられません。直霊視点で、伊蝶さんは私たちに繋がる人物、情報を聞き出すまでは生かしたいでしょう。人質として交渉に使える可能性もありますし」


 さく累誄るいるいのような術を使用しない限り、死者から情報から抜き出すことは不可能である。


「そして、伊蝶さんが直霊に捕獲されたという想定だと、私たちと直霊の状況は似ていると思います」

「……どういうこと?」

「私たちはたま宿やどりうんぎょく、直霊は伊蝶さんの身柄を奪われたくないということです」


 おもいたちの状況を簡単に表すと、魂宿の雲玉を得た代わりに、伊蝶を失ったということになる。敵の状況は、その逆である。


「つまり、このまま直霊と再戦闘すると、五分に近いです。いや、私たちの方が不利だと思います。直霊はそこまで魂宿の雲玉を取り返す必要性がないと思っているかもしれないので」


 直霊もできるなら取り返したいだろうが、そもそも十月とおつき神社から強引に回収していない時点で、重要視はしていないと考えられる。


「……不利でも、関係ないよ」

「もちろんです。ただ、この地で衝突するよりも、魂宿の雲玉の奪取を確定させた後の方が有利に戦えるのです」

「それだと、伊蝶の連行を許すことになるよ!?」


 直霊としても、無理に神器を追跡するより、伊蝶の捕獲を確定させるだろうということだ。


「その通りです。しかし、互いに奪われたくないものを安全圏まで移した後の状況は、同じようで全く違います。直霊視点では、魂宿の雲玉がどこに移されたのか一切わからないのに対して、私たちは伊蝶さんが捕まっている場所がわかるからです」

「え、どうして?」

「理由は単純です。術者を幽閉する監獄が、この世に一つしか存在しないからです」


 正確には、術者という危険かつ未知数の存在を幽閉できるほどの場所がこの世に一つしかないということである。ちなみに、術者の絶対数が少ないので、一つで十分ではある。


 また、監獄という警備が厳重な場所に移動させられる前に、伊蝶を救出するのが望ましいのも事実である。だが、監獄は中にいる術者の脱獄を防ぐことに重きを置いている。つまり、外部からの術者による襲撃は、そこまで想定されていない。というより、それは対策不可能と言うべきだろう。


「纏めると、魂宿の雲玉を直霊の手が届かないところに隠した後、入念な準備を経て、伊蝶さんが囚われている監獄を全力で襲撃します」

「私たちなら、そこから伊蝶を救出できるってことだね?」

「はい」


 想の揺るがない眼差しがかおるを見つめている。


「……わかった。想の指示に従う」

「ありがとうございます。他の皆さんも大丈夫ですか?」


 他の皆も納得したのか、頷く仕草を見せる。


 その後、撤退指示を受けたりんも想たちに合流した。


「すまない。私が付いていながら……」

「全責任は作戦を考えた私にあります。凜さんは何も気にする必要はありません」

「いや、私が力を温存してしまったせいだ……」


 凜は自分の拳を見つめながら、落ち込む様子である。


「……とりあえず出発しましょう。ぶきさん、よろしくお願いします」


 直後、衣吹は運送業者の男性に変身し、トラックの運転席に移動する。


「……伊蝶さん、ごめんなさい。少しだけお待ちください」


 そして、想の呟きを最後に、トラックは出雲の地を去っていくのだった。







 時を同じくして、十月神社に隣接する駐車場には、はいを除く直霊の五人が集合していた。ほむらは地面に仰向けに倒れている。意識はあるが、体に力が全く入らない。獄煉ごくれんかくの効力が完全に切れたのだろう。


「そ、そうですか。宿やどりは奪われてしまったと……」


 ななからの報告を受けて、椿つばきは項垂れる仕草を見せる。それが、よみの心情を慮ったからであるのは、言うまでもない。


「それにしても、これだけやって、捕まえたのが一人とは……」

「いや、この一人が次に繋がる。それに、こちら側の被害は少ない」


 同じく気落ちするようなせんに、七瀬が声をかけた。


「あ、あの、その捕まえた術者は灰音が連行しているということですよね?」

「ん、そうじゃ。七瀬の車を借りていった」

「灰音、一人で大丈夫かな……」


 たちばなの件もあったので、椿は灰音を心配しているようだ。


「千里も一緒に行った方が良かったのではないか?」

「だって、同乗したくないだろう? こういったとき、灰音の運転は速度を重視して、危険どころの話ではない」


 他車と衝突する勢いで走行するため、助手席に乗る身としては、心臓が幾つ在っても足りない。ちなみに、れいえんによって、事故が起きないように走ってはいるらしい。


「とにかく、灰音の運転に追いつくのは物理的に不可能だから、大丈夫だと思うぞ」

「……そうか」

「むしろ警戒するべきは、ここに戻る敵の方。敵も、捕まった術者が最速で連行されているとは思っていないだろう」


 つまり、伊蝶がまだ神社付近にいる想定で、救出のために戻ってくる可能性もあるということだ。


「もちろんだ。実際、先ほどから、おんが周囲を見張ってくれている。特に反応はないようだが」


 七瀬は紫苑の方に顔を向けた。現在、紫苑はヘッドホンで雑音を遮断し、より集中を高めている状態である。この瞑想によって、十月神社に近づくような精神反応は即座に探知できる。


「え、えっと、助けに戻るとしたら、あまりに遅いと思います。参道付近にも人影はありませんでしたし、敵は完全に逃亡していると考えて良いのではないでしょうか?」

「私も同意見だ。もう、救急隊と警察をここに招集して良いと思う」


 その後も敵が戻る気配が一向になかったので、このまま救急隊と警察を招集することになった。ちなみに、救急隊は焔の搬送、警察は遺体移動の手伝いのために呼び寄せている。なお、紫苑が判別しやすいので、救急隊と警察には特定の一方向から纏めて神社に来るように指示している。


「私、少し本殿の方に行ってきます……」


 到着を待つ間、椿が口を開いた。そのまま、席を外す椿。七瀬たちも特に詮索をすることはなかった。理由は何となく察することができたからである。


「そういえば、千里。例の件について、先ほど紫苑から結果を聞いている。まあ、千里の予想通りだったとだけ言っておく」


 椿がいなくなった後、七瀬が千里に話しかけた。


「……やはりか」


 七瀬の言葉を聞いて、千里は呟いた。もちろん、七瀬と千里が何の話をしているか、焔にはわからなかった。

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