第49話 判断

 一方、十月とおつき神社から離れた駐車場には、停められたトラックの荷室へ入っていくおもいの姿があった。想は仮面の人物だけでなく、はくも連れている。また、荷室の中には、かおるしずくだけでなく、ぶきもいるようだ。


「只今、戻りました」

「想、お帰り。ねえ、私たちにも神器見せてよ」


 薫の目は、期待感で輝いているようにも見える。その後、想は手に持った木箱の封を開ける。その中を覗き込む薫たちの目には、滑らかな布の上に佇む無色透明な宝玉が映った。


「おお、荘厳な雰囲気だね。でも、やっぱり神器と言われないと、わからないかも」

「見た目で判別できるものではないですから。しかし、ご安心ください。たま宿やどりうんぎょくであることは先ほど確認済です」


 魂宿の雲玉は神器の中でも能力を試しやすい方なので、有難かっただろう。


「ようやく、念願叶ったね。それにしても、琥珀には感謝しかないよ」

「いえ、私も役に立てたようで、嬉しいです。正直、隠し金庫を発見できたのは運ですが」


 詠への尋問によって、神職住居内にあることはわかったが、そこからは完全に手探りだった。そもそも、琥珀が直接神器を捜索する作戦は、よみ殺害失敗時の保険に過ぎない。


「セキュリティは厳重じゃなかったの?」

「金庫は頑張って壊しました。警報システムも想さんの電磁波手榴弾で無力化した感じですね。後は、護衛の人もいなかったです」


 神器のセキュリティを突破するために、想は琥珀に様々な道具を渡していたようだ。


「見るからに厳重な警備をすると、わざわざ場所を移した意味がないでしょう」

「まあ、想の言う通りか」


 本殿以外に安置しているのは、場所を不明にするため。つまり、場所がわかるような集中警備はしないと考えられる。また、一見普通に見える部屋にまさか御神体があるとは、誰も思わないだろう。


「さて、後はりんちょうが戻れば、この地にも用はないか」

「はい、そうですね」


 想も喜びを隠し切れていないようにも見えた。そして、噂をすれば何とやら、想の携帯が鳴る。


「……凜さんからですね」

「ん? 何かあったのかな?」


 想たちは不安を感じていたわけではない。それだけ、凜の力を信頼しているからだ。しかし、凜からの報告を受けた直後、想の表情は完全に固まった。


「伊蝶さんがなおに捕まった……?」

「え?」


 神器を手中に収めた歓喜の感情は儚いものだった。一瞬の内に、重々しい空気が身を包んでいく。そして、想は直感した。ここで判断を間違えてはいけない。







 時は数分前に遡り、伊蝶の元へ走り出した凜を直霊が逃がすわけもなかった。平静を取り戻したはいたちは、凜を追跡するように突撃する。しかも、速度は先ほどよりも上昇していた。なぜなら、武器を捨てたからである。せんに関しては当然と言えるが、灰音も紅鏡の重量から解放されることで、追跡に特化したと言うべきだろう。


 とはいえ、凜は背後をしっかりと警戒していた。灰音も武器を捨てたことで、ここからは完全なる格闘戦。つまり、凜の独壇場である。


 一度足を止め、振り返る凜。自分に向かって突撃する直霊を返り討ちにしようと拳を構える。しかし、灰音たちの狙いは凜ではなかった。


 灰音たちは凜を避けるように横を通り過ぎたのだ。つまり、直霊の狙いは伊蝶。それに気づいた凜は、慌てて再び足を動かす。


 だが、凜の意志に反して、足が途中で止まってしまった。そして、凜は思い出した。ここは、先ほどの障害物があった場所だと気づいたのだ。凜は謎の障害物を押し込もうとするが、力ではどうにもならない。当然である。物理的には存在しない壁、故に破壊という概念もない。


 れい禁門きんもんが凜の行く手を塞いでいる間に、灰音たちは三人で伊蝶に向かって一直線に突き進む。また、対する伊蝶も凜が結界に阻まれていることは理解できた。


 今まで、結界は外からの干渉を禁止していると、伊蝶は考えていた。いや、別にそれ自体は間違いではない。しかし、外から中へ伊蝶が侵入するのを拒む結界だけではなく、中から外へ凜が脱出するのを拒む結界も直霊は生成していたのだ。この二重結界による分断は、伊蝶にとっても想定外であっただろう。


 だが、今は目の前に迫る直霊を何とかするしかない。接近速度を考えると、逃げることは難しい。直霊を迎え撃つために、伊蝶は複数の扇子を同時に投げた。それは高速回転しながら空中を飛び回るように、屍と共に灰音たちに襲い掛かる。


 しかし、軌道は灰音に完全に読み切られていた。隙間を縫うように、回転する扇子の持手を灰音は次々と掴み取る。全ての扇子が防がれたことに伊蝶が動揺したのも束の間、ほむらの拳が屍に直撃。その衝撃によって吹き飛ばされた屍が当たることで、伊蝶は大きく体勢を崩す。


 その隙に千里が空中から伊蝶に迫る。直後、伊蝶は背後から首に強烈な一撃を食らってしまった。そして、鈍い痛みを最後に、伊蝶の記憶は途絶えることになる。


 最終的に、凜が幻壁を避けるように回り道をして、伊蝶の場所に辿り着いたときには、既に誰の姿もなかった。凜の視界には、術者が範囲外まで離れたことで力を失うように倒れた屍だけが映っていた。







 時は戻り、想の思考は纏まった。


「薫さん、事前に私たちを術の対象に指定していますよね?」

「う、うん」


 想のいつになく真剣な表情に、薫も少し緊張しているように見える。


「伊蝶さんに術を発動してください」

「……わかった」


 直後、薫は深呼吸をして、精神を統一させる。そして、暫しの瞑想後、薫は目を開く。


「……できた」

「なるほど。術が効いたのなら、伊蝶さんは生存しているようですね」

「一安心なのかな……」


 今はまだ生きていることがわかっただけである。


「想、早く伊蝶のことを助けに行かないと!」


 薫の声が狭い荷室に響いた。しかし、平静を失う薫とは対照的に、想は冷静だった。いや、薫が感情的になっているからこそ、想は落ち着いていなければいけなかった。


「いえ、凜さんを回収し、そのまま出発します」

「……!?」


 想の口から飛び出た言葉に、熱は更に増していく。


「どういうこと、想!? 私たちが伊蝶を助けに行かなくて、どうするの!?」

「……」

「あの子を、また一人にするの!?」


 薫の剣幕に、想も気圧されるように、黙り込む。


「想、伊蝶を見捨てるなんて、言わないでよ!」


 その後、想は気持ちを落ち着かせるように息を吐く。


「……私は、伊蝶さんを見捨てるとは一言も言っていません」


 想の言葉で、空気は再び一変する。どうやら、想の考えには、続きがあるようだ。

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