第48話 鵬程
その特徴を一言で表現すると、伸縮。通常時は全長百八十センチメートルだが、柄の部分が二重構造を持ち、内側の棒が射出されることで、一時的に倍近い長さを得る。ただ伸長するだけでなく、その威力は金属製の扉なども貫通するほどである。
今、鵬程の穂先は
次の瞬間、高速で迫る鵬程を、凜は側部から殴った。千里たちの視界に映ったのは、鵬程が凜に届く姿ではなく、鵬程が折れる絶望の光景だった。もちろん、伸長した鵬程は、通常よりも折れやすいという弱点がある。とはいえ、人間の力で壊れるほど、脆くはないはずだった。
武器を失った千里は、その衝撃で完全に思考が停止していた。灰音たちも似たような状態であっただろう。一方、凜は冷静に着地。汗一つも流していないように見えた。
「……中々、面白い攻撃だった」
凜の言葉も、立ち尽くす灰音たちの頭の中を通り過ぎていくだけだった。そして、場面は終幕を迎えようとしていた。
「凜、聞こえる? 時間稼ぎは、もう要らないってさ」
「……了解」
「良かった、声は届くみたいだね。じゃあ、帰ろうか」
その後、凜は伊蝶に合流するために、神社の鳥居の方へ走り出した。
一方、裏門の外には参拝客と神社の皆の安全を確認できた
「どうやら、爆発音だけだったようですね。完全に騙されました……」
「まあ、被害者がいなくて、良かったと考えよう」
「そうですね……」
七瀬の言葉に、紫苑も頷く。
「この後は、
「私たちはそうだな。ただ、詠さんはまず神器の無事を確認するのが良いのではないでしょうか?」
七瀬が詠に視線を送る。
「……そうしようと思います」
詠も七瀬の意見で、先に御神玉が奪われていないかを確かめることにしたようだ。その後、詠は七瀬たちと離れ、一人で本殿裏の方に戻っていった。
「ところで、七瀬さん」
詠と解散し、参道の方に向かう途中で、紫苑が口を開いた。
「どうした?」
「先ほど術を使用したときに、感知してしまったのですが……」
そして、紫苑が続きの言葉を述べようとしたときだった。突如として、境内に叫び声が響く。その声の主は詠であるように感じられた。悲鳴にも聞こえたので、何か異常事態が起きたと推測できただろう。
七瀬と紫苑は急いで、声がした方に向かった。敵が何か罠を仕掛けていたのだろうか。まだ見ぬ伏兵が潜んでいたのだろうか。焦るように早くなる足と思考回路。大した距離ではないはずだが、やけに長い道程に感じられた。
場所は本殿裏の神職住居内。到着した七瀬と紫苑の目に飛び込んできたのは、落胆するように膝から崩れ落ちている詠の姿だった。ひとまず無事ではあったようだが、只事ではない様子である。
「詠さん、何があったのですか?」
透かさず尋ねる七瀬。
「……ないのです」
詠の声は震えていた。まだ現実を受け入れることができないように見える。
「まさか……」
七瀬も何かを察したようだ。
「……御神玉がないのです」
「え!?」
紫苑の目が見開いた。勝手に消えることはないので、盗まれたとしか考えられない。
「ちょっと待ってください。神器は本殿の中にあるのではないのですか?」
「場所が推測できるものだからこそ、移動させたということですか?」
七瀬の言葉に、詠が震えながら頷く。実際、七瀬と紫苑も神器が本殿の中にあると思い込んでいた。
「では、どうして神器の場所が割れてしまったのでしょうか?」
「私と似たような術があれば、捜索は不可能ではないが……」
七瀬の霊魂術に代替するような能力がこの世に存在するとは考えにくい。
「……他に考えられるのは、
「心を読むと噂の子ですか?」
「そうだ。詠さん、敵に神器の所在を質問されませんでしたか?」
七瀬の言葉で、詠は想との会話を思い出す。ちなみに、詠は椿から琥珀の術や外見情報について、話には聞いていた。しかし、先ほどまで、詠は想との戦いで頭が一杯だった。そして、想の狙いが意識を戦闘に集中させ、近くに潜む琥珀の存在を隠すことだった可能性に、今になって気づいた。
「あのとき……」
「思い当たる節があるようですね。質問に対する動揺などを霊魂術で確認する作戦だったのかもしれません」
想の質問に対して、詠は表面上では平静を保っていた。しかし、図星を突かれた際に生じる心の揺らぎまでは消せなかったのだろう。
「そして、私たちとの戦いの最中、斑琥珀だけが神器の場所に向かっていた」
「つまり、全部が囮だったということですか?」
紫苑の言う通り、想たちが捜索の時間を稼いでいたという見方もできるだろう。
「これは嵌められたな。道理で撤退するわけだ」
神器を手に入れたのなら、撤退しない方が不自然である。
「今から、追いかけるのも無理ですよね……」
「流石に厳しいだろうな」
その後、七瀬と紫苑はひとまず他の皆と合流するために、参道の方に向かっていった。今は一人にしてほしい、その詠の気持ちも汲み取るように。
静かな部屋の中で、詠は放心状態だった。一年前から、空洞を埋めるように精神を支えていたものは失われた。それは崩壊を引き起こすわけでもなく、未来永劫残り続ける空洞の存在を再確認させる。詠の中には、悲壮感も存在せず、虚無だった。
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