第41話 在処

「早く吐いた方が楽になりますよ?」


 おもいの連撃から身を守るだけで精一杯のよみを煽るように、想は口を開き続ける。ただ、詠は耐えるだけでも十分な働きをしているのは事実だった。いずれは戻る椿つばきを待つだけで良い。しかし、それでは意味がないというのが、詠の心情である。例え、身を滅ぼす結果になったとしても。


「……私が取る選択肢は一つだけだ。ここで、お前を倒す!」


 次の瞬間、詠は距離を取るように後方に跳ぶ。逃がすまいと追う想。しかし、それは直接的な動きである。詠は自分に正面から向かってくる想に対して、閉じた和傘を投擲。対する想は武器を自ら捨てる選択に驚きつつも、冷静にアタッシュケースで弾いた。


 そして、想にとって予想外だったのは、和傘が弾かれた方向に既に詠がいたこと。詠は空を舞う和傘を掴むと、そのまま想の頭上目掛けて振り下ろす。想はそれをアタッシュケースで受け止めはしたが、再び攻守が切り替わることになる。


「……やはり、反射神経というわけではないですね」

「口を開いている場合?」

「はい、何度でも尋ねますよ。神器はどこですか? 神社のどこかにはあるのでしょう?」


 詠の怒涛の反撃を防御しながらも、想はまだ詠の口を割らせることを諦めていないのだろう。


「今度こそ、本殿の中ですか? 神祜殿も疑わしいです」

「……」


 神社の所在を一つ一つ確認していくような想に対して、詠は表情一つも変えていない。


「あの本殿裏の建物の中も怪しいと睨んでいます」

「……」

「そういえば、あそこは私たちが初めて出会った場所でもありましたね。覚えていますか?」


 想が詠に尋ねた。


「……覚えていない」


 この詠の返答に、想は心の隙を突き止めた感触を得たのか、勝利の笑みを零す。


「記憶に蓋をしても無駄ですよ。一から思い出していただきましょう。あなたが母親を殺した日のことを」


 想の言葉に、詠の手が突然止まる。そして、表情にも動揺が現れ始めるのだった。







 あれは、一年前の神在大祭のことだった。十月とおつき神社の本殿付近には、群衆に紛れる想とかおるの姿がある。また、想は何やら携帯で通話をしているようだ。


しずくさん、それ本当ですか?」


 雫からの報告を受けて、想は驚く様子である。そして、想は雫に退却指示を出した後、通話を終えて、携帯をしまう。


「想、どうしたの?」

「本殿内にそれらしき水晶が見当たらなかったそうです」


 このとき、雫は神職の体に憑依し、本殿の中に侵入していた。その目的はもちろん、神器を奪うことである。


「え、たま宿やどりうんぎょくって、この神社の御神体だよね?」

「それは間違いないと思います。おそらくですが──」


 御神体であれば、本殿の中にあるはずである。だが、本殿は外部侵入が禁じられている。神社によっては、御神体が正体不明なこともあるほどである。つまり、御神体が本殿の中にあるかどうかも、実際はわからないことなのだ。


「──御神体を意図的に別の場所へ移しているのでしょう」

「つまり、窃盗対策ってこと?」

「はい。確か、この神社は一度、御神体を盗られているはずです。それを取り戻した現在、奪われないことに必死なのかもしれません」


 神社にとって、御神体を失うことは致命的である。神社としての存在意義が消えてしまうと言っても、過言ではないからだ。


「じゃあ、宮司を殺して、場所を教えてもらう?」

「……いえ、宮司には娘がいるはずです」

「ん、何か関係あるの?」


 薫が想に尋ねた。そして、想は少し悩んだ後、何かを閃いたようである。


「ここは一つ、親子の絆を利用してみましょう」

「ふーん」

「では、私が直接行ってきます。薫さんは雫さんの方に合流をお願いします」


 直後、想はアタッシュケースから謎の小瓶を取り出す。


「念のため、これを預けておきます。危険物ではないので、安心してください」

「わかった」


 薫に小瓶を渡した後、想は本殿裏の方に駆けていくのだった。







 一方、本殿傍には、心願の儀について話している詠と式守しきもりの姿があった。


「そろそろ、いとさまの出番ですね。お身体が心配ですが……」

「私も止めた方が良いって言ったけど、宮司としての務めは果たすってさ」

「まあ、医師の方も少しなら問題ないとは言っていました。その言葉を信じましょう」


 神在大祭は十月神社にとっても大事な催しである。絃も宮司として、横になっているだけでは終われないのだろう。


「じゃあ、お母さんを呼んでくる」

「はい、お願いいたします」


 その後、詠は本殿裏の神職住居に向かっていった。







 場所は神職住居内、絃の寝室。詠は部屋の扉を叩いた後、ゆっくりと取手を引く。


「お母さん? 入るよ?」


 部屋の中に入る詠。しかし、そこにいたのは絃だけではなかった。寝具に臥せる絃の傍に立つのは、謎の女性である。


「お待ちしてしました。初めまして、月華つきはな詠さん」

「あの、どなたでしょうか?」


 不審者にしては、落ち着いた礼儀正しい態度に、詠も困惑している。


「私、じょう想と申します。本日は取引に参りました」

「取引?」


 名前を聞いても心当たりがなかったので、詠はまだ状況を飲み込めていない。


「詠、言うことを聞いては……」

「え?」


 絞り出したような絃の言葉に、詠の頭は一層、混乱状態になっていく。


「お母さん、どういうこと?」


 次の瞬間、想が強引に絃の口を塞ぐ。


「病人は少し黙ってもらえませんか?」

「お母さんに何を──」


 想の乱暴な行動に、詠は制止しようと近づこうとする。


「それ以上、近づかない方が良いですよ。母親があの世に行っても良いのであれば、話は別ですが」

「お前、何を言っているか、わかっている?」


 詠は目の前の女性を完全な敵と見なした。また、敵は見たところ、武器を装備していない。謎のアタッシュケースは持っているが、中から何かを取り出すよりも先に、仕留めれば良いだけの話だ。


 しかし、詠は一瞬の内に、それが無理難題であることに気づいた。想が強敵だと悟ったのである。


「まずは、私の話を聞きませんか?」

「……わかった」


 素直に聞く姿勢を見せた詠に、想は一転して微笑みを見せる。


「ありがとうございます。では、単刀直入に申し上げますね。母親の命と魂宿の雲玉を交換しましょう」


 直後、詠の表情が凍り付いた。まるで、目の前に悪魔がいるかのように感じられた。

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