第40話 粉砕
直後、凜が迫る瞬間に合わせて、灰音は紅鏡を振り下ろす。しかし、凜も急停止で回避した。よって、紅鏡は地面を斬り裂くのみである。
そして、生じた隙に、凜は頭部を目掛けて、拳を叩きこもうとする。灰音はそれを見切った後、横に移動し、再び紅鏡による攻撃を狙おうとするが、凜が許すわけもない。凜は地面を蹴るように灰音に突撃。灰音に紅鏡を振り回される前に、潰す判断である。
紅鏡は一撃の威力がある分、当然連続攻撃は難しい。つまり、相手としては、一撃を避けた後、次の攻撃が来る前に至近距離まで詰めるのが、対処法の一つである。要するに、両手斧が得意な間合いで戦わなければ良いのだ。しかし、それは灰音にもわかっていることである。
灰音は紅鏡の斧刃を盾とするように構えた。それは、ただ頑丈なだけでなく、高熱によって触れることのできない防御盾である。紅鏡の物理的な大きさも相まって、隙がないと考えたのか、凜は一時的に足を止めることになる。
「凜、斧持ち以外を狙った方が良い」
その様子を見て、
その後、凜は灰音を無視すると、今度は千里に向かっていく。凜の接近を視界の端で捉えていた千里は、攻撃が当たる直前で上に跳躍した。一方、凜の拳は勢いのまま、参道横の大木に直撃。次の瞬間、木は音を立てて崩れていく。
「……ん!?」
粉々になった樹木を見て、千里は凜の破壊力に目を疑った。もしも、この攻撃が当たっていたらと考えると、恐怖すら芽生えてくる。
片や、焔は一度屍の対処を止めて、攻撃後の隙を狙い、凜の背後から迫る。しかし、凜の拳を警戒していたせいか、回し蹴りを胴体に食らってしまう。それは骨をも砕く一撃である。
「……脆い」
凜が呟いた。焔に確かな損傷を与えた感触が、凜にもあったのだろう。実際、焔は致命傷に至らないまでも、立つだけで痛みが走るほどの負傷であった。
しかし、焔の本領はここからである。生物の怒りが最も発揮されるのは、どのようなときか。その答えの一つとして、自身が危機に晒された場合が挙げられるだろう。つまり、焔への中途半端なダメージは、逆に焔を強化してしまう。
燃え上がる怒り。それは、痛みすら忘れさせる。敵に対する怒りなのか、弱い自分への怒りなのかは、わからない。
そして、一撃を入れたはずなのに、力に溢れるような焔の異常性を見て、凜も警戒度も高める。何かの術を発動させてしまったことを感じ取ったのだろう。
「焔、まだ動けるよね?」
「むしろ、絶好調です」
群がる屍を追い払う中で、焔の闘争心が灰音にも確かに伝わっている。
「奴も身体強化の術者と見て良いな」
「間違いないと思います。通常ではありえない威力です」
最も可能性が高いのは、東堂家の子孫であるだろう。
「そして、逆に利用もできると思います」
「……確かに」
その後、灰音は一瞬話し合った後、屍が狙う対象を灰音に固定し始める。今度は、灰音が屍の相手をしている間に、焔と千里が凜に集中するということなのだろう。
今度は、正面から凜に仕掛ける焔。凜も決して逃げることはない。焔から放たれる憤怒の拳に、凜も最大限の力を込めた拳を返す。拳と拳が衝突する一瞬に、空間が揺れるのを錯覚するほどである。
最初の数秒は、焔も押し負けていなかった。だが、単純な力比べで凜に勝る者はこの世に存在しない。それを体現するように、獄煉赫怒によって強化されたはずの焔が一方的に吹き飛ばされる。透かさず、追撃を入れようとする凜。そして、留めの一撃が焔を襲うはずだった。
しかし、次の瞬間、焔の体が宙に浮かんだ。これは、千里の仕業である。三叉槍の先端を焔の服に引掛け、吊り上げるように凜の攻撃を回避させたのだ。もちろん、全ては事前に企てたこと。空を切るかのように思われた凜の拳が実際に命中するのは、焔の後ろにいる屍の集団である。
つまり、灰音たちの作戦は凜の破壊力を利用して、屍の処理を完了させること。灰音は屍の狙いを一度自分に集めた後、時機を見て、屍が一斉に焔を背後から襲うように誘導した。そして、焔を千里が空中に救い上げることで、焔を正面から襲う凜と屍が衝突するように促したのである。
実際に、その作戦は成功したと言って良いだろう。凜は止まることができず、屍たちに渾身の一撃を叩き込んでしまった。その衝撃は連鎖するように、屍の大半を葬ってしまうことになる。
「あれはもう起こせないな……」
凜に粉砕されてしまった屍を見て、伊蝶は溜息を零した。しかし、焦るような様子は一切ない。
「さて、ここからが問題だ」
伊蝶を囲う屍を除き、邪魔の排除には成功したが、状況はそこまで好転していないのも事実である。凜と伊蝶への損傷は皆無であるからだ。灰音たちはようやく開始地点に立つことができただけなのかもしれない。
時は遡り、千里が
その後、境内で砂利を踏む足音が聞こえた。建物の影から慎重に顔を出して確認すると、詠の目には二人の女性の姿が映る。向こうには、まだ気づかれていないようだ。つまり、人数不利はあるが、状況の優位性を持っているのは詠の方である。隙を見て、奇襲を仕掛けるために、詠は静かに息を整え始める。
しかし、次の瞬間、片方の女性が本殿に近づき、手に持ったアタッシュケースで外の支柱を破壊しようと、大きく振り被る。それが視界に入った瞬間、詠の体は無意識的に動いていた。
「止めろ!」
境内に詠の声が響く。その眼光は鋭く、敵を睨みつけている。
「ほら、
「流石、
詠と対峙しているのは、想と薫であるようだ。神社の建物を壊そうとすることで、詠を引っ張り出すというのが、想の作戦だったのだろう。
「ということで、一年ぶりですね。
「……」
詠とは対照的に、想は微笑みかけるような優しい表情だ。
「会話する気はないですか。では、要件だけ伝えますね。わかっているとは思いますけど」
直後、想は一気に冷酷な表情に変化し、強烈な殺気を放つ。
「
まさに脅迫。しかし、素直に話す選択肢を与えているだけでも、想にしては優しい方なのかもしれない。
「笑わせる。私が答えないのがわかっているから、最初から殺す気だったじゃないか?」
「まあ、そうですね」
「……会話をする気がないのは、お前の方だ!」
次の瞬間、詠が想に急接近し、閉じた和傘で一撃を叩きこもうとする。しかし、想はそれをアタッシュケースで軽々しく受け止めた。
「薫さん、周囲の警戒の方をよろしくお願いします。この子は私一人で大丈夫です」
「うん、今度は任せて」
その後、薫は周囲を見渡せる場所で、待機を始める。
「その判断をしたこと、後悔させてやる!」
「一対一なら、私に勝てるとでも思っています?」
想は詠の攻撃を捌きながらも、余裕があるように見える。
「前回のように行くと思ったら、大間違いです。私は戦うつもりで来ているのですから」
そして、想は隙を見て、詠に足払いを入れる。詠が少し体勢を崩したことで、今度はアタッシュケースによる殴打が詠を襲い始める。詠は和傘を広げることで防御はしていたが、それは防御に徹する他ないという意味でもある。
ちなみに、詠が持つ和傘は何度殴られても傷一つ付かない耐久性を持っていた。これは、想も予想以上であっただろう。詠が持つ和傘の材質はただの金属ではなく、更に硬度を高めた特殊合金。その頑丈な傘は詠の意志を体現しているのかもしれない。
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