第39話 戦意

 れい禁門きんもんの最大の強みは、別の場所に壁を再設置したときに、前回の壁が消滅せずに残り続けること。そして、せんは最大五枚の壁を同時に維持することができる。なお、六枚目を設置しようとすると、一枚目が自動的に消えることになる。


 今回、千里は相手に対する自分の位置を調整しながら、二枚目を一枚目と交差するように出現させた。それから、次壁の準備が完了した後に、三叉槍の攻撃を回避させることで、二枚の壁によって生まれた角に相手を誘導した。最後に、三枚目で蓋をすることで、相手を完全に閉じ込めたのである。


 ちなみに、三枚目の準備が完了するまでは、千里は壁がある場所から離れた位置で戦っていた。つまり、壁を出現させた後に、わざと自分から境界を越えることで、相手と自分の間に生成された壁の存在を隠していたのだ。


 焦るような千里の様子も演技であった。つまり、怒りに身を任せていると見せかけることで、まさか繊細な作戦を着々と準備しているとは敵も思うまいと企んでいたのだろう。


「さて、詰みじゃ」

「……本当にそうか?」


 透明な壁に囲まれてしまったことに気づいたのにも関わらず、敵はまだ諦めていないように見えた。


 直後、敵は上に跳ぼうとする。壁を乗り越えようとしたのだろう。しかし、なぜか足が動かない。


「は?」

「詰みと言ったはずじゃ」


 五霊禁門は壁と言っても、実は角度調整ができるようになっている。今回、千里が三枚の壁で完成させたのは、地を底面とする三角錐。つまり、上にも逃げ場はない。


「ここまでか……」

「一撃で仕留めてやる。安心して、地獄に行くと良い」


 その言葉の後、千里が三叉槍を構え、突進する。それこそが、不可避の攻撃である。しかし、千里には敵が不敵に笑うのが、一瞬目に入った。


 敵はまだ死んだ目をしていない。直感的にそう感じた千里は、警戒するように足を慌てて止める。


 次の瞬間、爆発音が轟いた。爆風の中で、自分の目を疑った千里。なぜなら、敵が爆弾で自爆したからである。幸いにも、範囲は狭いものだったが、千里は敵の覚悟に驚いていた。


 また、千里は最悪な事実に気づいてしまった。それは、視界の先にいる屍の動きが停止していなかったことである。通常、術者本体が死亡した場合、操作術が解除されないということはありえない。つまり、それが意味するのは、死亡したのが術者本体ではないことである。


「……囮の囮だと!?」


 嵌められていたのは自分だと、千里は気づいた。思い返してみると、確かに不自然だったこともあった。術者本体が倒れることで全ての屍が止まるのならば、術者本体を守る屍をある程度は配置するのではないかということである。つまり、配置しなかったのではなく、配置できなかった。それは、術者本体ではないので、屍に襲われてしまうからだと考えられる。


 しかし、反省をしている時間はない。今から術者本体を探す時間があるのかもわからない。千里にも焦りも見え始める。今度は、決して演技などではない。







 同時刻、神社の鳥居よりも外側では、息を潜めているちょうりんの姿があった。


「今の爆発音、しずくがやられた合図だ」


 どうやら、先ほどまで千里と戦っていたのは、雫の操作人形だったようだ。また、想定よりも早い決着に、伊蝶は少し驚いているようにも見える。


「しかし、伊蝶の方の操作人形がまだ残っているだろう?」

「それはそうだけど、途中から凄まじい速度で処理されている。あまり長くは持たない」


 その後、伊蝶は項垂れる仕草を見せる。


「あれ、結構手間かけたのに……」


 伊蝶は落ち込んでいるようだ。


「それで、これからどうする? まだ時間稼ぎは必要なのだろう?」

「このまま操作人形を粘らせても良いけど、凜はどうしたい?」


 伊蝶が凜に質問を返した。


「……私が直接出ても良いか?」

「うん、そう言うと思った」


 このまま待機しているだけでは面白くないという凜の心情は、伊蝶にも伝わっていたようだ。







 伊蝶の言葉通り、数分後には、はいたちが全ての屍の操作状態を解除することに成功していた。


 その後、千里も合流し、一緒に本殿の方に戻ろうと走り始める。屍の処理が完了したので、術者本体を無理に探す必要はないという判断である。


 しかし、次の瞬間、背後から鋭利な飛来物が迫る。それを察知した灰音が振り返り、紅鏡で地面に叩き落す。そして、物が飛来してきた方向には、二人の女性が立っていた。その二人とは、先ほどまで身を隠していた伊蝶と凜である。


「もう少し付き合ってもらう」


 伊蝶が灰音たちに話しかけた。手には、金属製と思わしき扇子を複数構えている。先ほどはそれを投げたのだろう。


 直後、灰音が無言で椿つばきに合図を送った。先に行けという意味である。これ以上、本殿の方を放置するわけにはいかないという判断なのだろう。それを受け取った椿は、ななおんを連れて、本殿の方へそのまま駆けていく。


 最終的には、灰音、ほむら、千里がこの場所に残る結果になった。


「三人で問題ないという判断? 随分、甘く見られたものだね」

「逆に、二人で私たちを足止めできるつもりか?」


 この灰音の言葉に、伊蝶はなぜか笑い始める。


「……二人? 節穴にも程がある」

「は?」


 伊蝶が何を言っているのか、灰音には理解できなかった。周囲に他の人物がいるような気配はなかったからである。


「起きろ!」


 伊蝶が叫ぶ。それと同時に、倒したはずの屍たちが再び立ち上がる。絶望の復活に、灰音たちは声も出なかった。


 伊蝶が持つ霊魂術の名は『傀儡かいらいれい』。系統はくしみに分類され、死者を怨念によって動作させる力を持っている。傀儡屍霊によって動き出した死体は、基本的に周囲の生者を自動で襲うが、多少は伊蝶が制御することもできる。このとき、伊蝶の近くにいる死体ほど、繊細な制御が可能である。


 また、死体を動かすために怨念が持つ負のエネルギーを使用することから、死体に残る怨念が強ければ強いほど、屍は強靭で凶暴になっていく。なお、一定の衝撃や損傷で操作状態が解除されるが、怨念が尽きない限り、術の再発動によって復活させることができる。


「流石に斬られたやつは動かないか。まあ、良いや」


 椿に倒されたものは復活しなかったようだが、それでも百近い屍が動きを再開していた。これで、人数状況は大きくひっくり返ることになる。


「凜、前衛はよろしく。私の人形は壊さないように注意して」

「もちろんだ」


 そして、屍と共に、凜が灰音たちに襲い掛かった。

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