第38話 狡悪

 椿つばきが持つ霊魂術の名は『神成一双しんせいいっそう』。系統はさきみに分類され、自分の精神と対になるような、もう一つの精神を創造する力を持っている。基本的には、一方の精神が起動している場合、もう一方の精神は停止されることになる。なお、二つの精神は自由に切り替え可能である。


 そして、神成一双の最大の特徴は、二つの精神を同時に起動させ、一時的な統合状態に移行できるという点である。この統合状態では、完全並列処理を実現するだけでなく、二つの精神を駆動力とすることで、身体能力の向上を引き起こす。


 更に、神成一双はその性質上、対となる精神が統合するため、欠点を補い合うことができる。例えば、攻撃が二、防御が八、知力が三というステータスを持つゲームのモンスターがいたとしよう。なお、それぞれのステータスの最大値は十とする。このとき、対となるのは、攻撃が八、防御が二、知力が七というステータスを持つモンスターである。よって、これらを合体したモンスターのステータスは全て最大になる。


 また、神成一双の統合状態を活かすことができる戦闘方法こそ、二刀流である。本来、二刀流というのは、単純に刀が増えるので強力だと思われるが、以下の問題点がある。まず、片手で刀を振るうので、それ相応の力が求められてしまうこと。次に、左右をそれぞれ動かす技術難度が高いこと。結局、二つの刀による連携攻撃や、攻撃と防御の両立などは理想論でしかないのだ。


 しかし、椿の場合、話は違う。完全並列思考によって、二本の刀は自由自在。攻撃に意識を集中させながら、防御にも意識を集中させるという不可能なことができる。しかも、身体強化のおかげで、通常状態での両手持ちの刀と、統合状態での片手持ちの刀を比べても、力が落ちることはない。


「凄い。人形たちが一瞬で……」


 先ほどまで苦戦していた屍の大群が、椿によって瞬く間に倒れていくのを見て、ほむらは畏敬の念を抱くほどであった。目の前の屍を斬っている間に、次の標的に意識を割いているような効率化された動きによって、圧倒的な速度で屍の処理が進んでいく。


「流石は椿。これなら、想定の何倍も早く終わる」


 はいも改めて椿の強さを実感していた。その後、椿の後に続くように、灰音たちも屍に向かっていくのだった。







 時は少し遡り、椿が本殿を後にした頃、神社の裏山にはライフルのスコープで境内を覗くおもいの姿があった。


「あの剣士がいなくなったのは、好都合ですね」


 その視界に映っているのは、椿と解散し、本殿の周囲を一人で張っているよみの姿。そして、想は照準をゆっくりと詠の頭部に合わせる。


「所詮は素人、狙撃は無警戒といったところですか」


 敵は正面から殴りに来てくれるわけではない。それが現実なのだと教えるように、想は引き金に指をかける。


「……私も狡い大人になったものですね」


 次の瞬間、発砲音と共に銃口から弾丸が放たれる。当然、人間の反応速度では回避不可能。また、想の射撃精度の高さも考えると、放たれた時点で、勝敗は決しているようなものである。


 しかし、スコープに映ったのは、敗北に染まる詠ではなかった。視界には、和傘の小間に施された花模様。弾丸が到達すると同時に、弾かれるような音が響く。


「……!?」


 何が起きたのか、想でも一瞬の内には理解できなかっただろう。暫しの静寂の中で、想は冷静さを取り戻す。そして、銃弾をなぜか和傘で防がれたのだと気づいた。つまり、詠が持っているのは普通の和傘ではない。だが、それは些細なこと。問題なのは、音速を超える速度で迫る銃弾に防御を間に合わせたことである。


「……なるほど。前回のときに、もしやと思っていましたが、これで確定ですね」


 その言葉の後、想はかおると通話するために携帯を耳に当てる。


「作戦変更です。狙撃は失敗しました」

「え、珍しいね。想、外したの?」


 電話越しで、薫が口を開いた。


「いえ、防がれました。あの子が持っている和傘、おそらく金属製です」

「何それ? もはや和傘じゃなくない?」

「とにかく、既に射線は切られたので、狙撃は諦めます。私もそちらに合流して、一緒に神社内へ向かいましょう」


 その後、想はライフルをアタッシュケースにしまい、それを抱えて、山を下りていくのだった。







 一方、神社の入口付近では、逃げ回る敵に苦戦するせんの姿があった。千里は自分に向かってくる敵を幻壁で足止めしながら捌く戦法を基本としている。つまり、追いかけられる側の方が得意なのである。


「どうした? もう、二分経ったぞ。私を殺すのではなかったのか?」

「黙れ!」


 敵の挑発に怒声を返す千里。そして、焦れば焦るほど、敵の術中に嵌るようだ。怒りが増すほどに、千里の攻撃は繊細さを失っていく。つまり、敵にとって簡単に避けられるものであるだろう。


 しかし、回避の強制こそが千里の狙いであった。最初に敵の動きを見たときから、正面から三叉槍を当てるのが不可能なことは理解していた。そもそも、三叉槍の攻撃を当てるのではなく、確実に当たるときに三叉槍で攻撃するというのが、千里の基本的な考え方である。


 三叉槍の攻撃を敵が後方に回避した瞬間、千里は一瞬口が緩む。嫌な予感を感じたのか、敵はそのまま距離を取ろうとする。しかし、何かにぶつかった感触と共に、その足は止められてしまう。後ろに障害物などがあったかと疑問に思い、敵は振り返る。だが、視界には何も映らない。


「……そこに行くのを待っていた」


 千里の言葉で、嵌められたことに気づいたとしても、もう手遅れである。敵の前方にも、透明な壁が出現する。これで、合計三枚の幻壁が織り成す牢獄が完成した。

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