第37話 宿命

 一方、本殿の周囲には、焦るようによみを呼び出した椿つばきの姿があった。


「何が起きたのですか?」

「とにかく、行事は一旦中止だ。ここにいる人たちを避難させなければいけない」


 椿は詳しいことを伝えなかったが、心願の儀を続けている場合ではないというのは、詠も理解できたようだった。それだけ、椿の表情が事の深刻さを物語っていたのだろう。


「……わかりました。すぐに避難誘導を始めます」


 神聖な儀式を中断することは避けたいが、人命に関わるのであれば、話は別である。


 その後、詠の指示で神職が参列者たちを神社の裏門の方へ案内を始める。群衆は何が何だかわからない様子だが、神職の言うことを聞いて、徐々に足を進めていく。そして、ひとまず本殿の周囲から人を離すことには成功したようだった。


「よし、それじゃあ神社の皆も外に逃げて」

「詠さまは……」


 透かさず、式守しきもりが詠に尋ねた。


「もちろん、私はここに残る」

「……」


 詠にとって、十月とおつき神社を放置する選択肢があるはずもない。もちろん、式守を含め神社の皆も、同じ気持ちである。しかし、彼女たちには戦う力がない。一緒に残っても足手纏いになることがわかっているからこそ、返す言葉が見つからなかったのだろう。


「そんな顔しないでも、大丈夫だよ。椿さんもいるから」

「わかりました。どうかご無事で……」


 その言葉の後、式守は神社の皆を連れて、裏門の方へと向かっていった。本殿の周囲には、詠と椿だけが残っている。


「椿さん、ここは私一人で大丈夫ですよ。なおの皆さんのところに向かいたいのでしょう?」

「……」

「私なんて、気にしないでください」


 椿がいるから大丈夫だという言葉は、式守たちを安心させるものでしかなかった。自分の力で御神玉を守るという詠の気持ちは最初から変わらない。それが、神社の長としての務め、またはいとの娘としての宿命だと詠は考えているのだろう。


「……すぐ戻る。ここで待っていろ」


 それだけ言い残して、椿は参道の方へ駆けていく。せんが増援を頼むほどの大事、椿も直霊の仲間たちの応援に行きたい気持ちがあるのは、当然である。


「あのときの言葉、やっぱり嘘。御本殿に帰ってくる理由はあっても、私と合流する必要性なんてないのに、椿さんは優しい人だよね……」


 椿がいなくなった後、詠は独り言を零した。







 時を同じくして、参道の方では、死体を操作している術者本体を捜索する千里の姿があった。おん透影とうえいかいでそれらしき精神反応を近くで見つけることができたので、その場所に隠密で向かっているのである。


 ちなみに、術者本体がわざわざ操作対象の近くにいるわけがないと感じるかもしれないが、これは明確に否定できる。なぜなら、操作術にも距離減衰が存在するからだ。一人を操作する程度の出力であれば、遠方からでも特に問題ない。しかし、数百を同時に操作する出力を保つためには、術者が操作対象の近距離にいないと不可能だと考えられる。


 その後、千里は進軍する屍の最後尾よりも後ろに、灰色の服を着た怪しい女性を発見することができた。異常な屍たちが確実に視界に入っているはずなのに、その女性が何も行動を起こしていないことから、術者本体と見て間違いないだろう。焦る気持ちを堪えて、千里は静かにその女性への集中を始める。姿を見つめ続けることで、相手を術にかけるという意識を高めるのだ。


 一分後、れい禁門きんもんの準備が完了した。それが、戦闘開始の合図である。次の瞬間、千里はその女性に向かって、飛び込む。そして、先手必勝と言わんばかりに、その勢いのまま、三叉槍を突き出した。


 しかし、相手も後ろに跳び、回避する。地面に突き刺さる三叉槍。それを抜いた後、千里は相手を睨みつけるように、再び三叉槍を構える。


「……お前、一体何人殺した?」

「気になるなら、数えてみたらどうだ?」


 屍の軍勢に指を向けながら、飄々とした態度で答える女性。それに苛ついたのか、千里は舌打ちをする。


「ここで、殺す!」

「やれるものなら、やってみろ」

「……甘く見るなよ。お前の残りの命はもって二分だ」


 その言葉の後、千里が三叉槍と共に勢い良く突進する。それは胴体を狙った攻撃、つまり完全に仕留める目的だっただろう。しかし、故に軌道を読まれてしまう。相手は軽く横に回避して、千里から一度離れる。


 屍の進行を止めるために、一刻も早く術者を潰したいという気持ちが千里を焦らせているのだろう。対照的に、相手は余裕があるようにも見える。なぜなら、相手にとっては時間稼ぎで十分だからだ。そもそも大量の屍を用意したのも、注目を引いて、その間に神器を奪う目的だと考えられる。


 それがわかっているからこそ、ここに時間を費やしたくないというのが、千里の本音である。逆に、相手も千里の心中を理解しているからこそ、勝負に付き合わず、回避に徹しているのだろう。







 また、屍の軍勢の最前線では、苦戦しつつも、確実に数を減らしていくはいたちの姿があった。


 主な苦戦の原因は、何と言っても一人一人がしぶといことだった。その凶暴性も合わせると、まさに映画やゲームの中の不死身の怪物のようである。


「灰音さん、平気ですか?」

「うん、まだ大丈夫」


 素手による打撃は屍にあまり有効ではないように見えた。故に、屍への攻撃の大半は、灰音の紅鏡が担っている。それだけ、灰音の体力を消費しているということでもある。


 もちろん、武器の役割を交代する選択肢もあっただろう。本来、特認の武器を他の捜査員が代わりに使用することは禁止されているが、非常事態なのでルールに縛られている場合ではない。


 しかし、灰音の武器である紅鏡には、大きな欠点がある。それは、重量のせいで扱える人がほとんどいないということである。もちろん、獄煉ごくれんかくによる強化があれば、ほむらには扱える。だが、それでは焔の体力を完全に使い切ってしまうことになるだろう。


 紅鏡の加熱装置についても、あまり期待できない。例え、炎の壁を作ったとしても、前回のようにはいかないと考えられるからだ。炎によって歩みを止めるのは、生存本能。つまり、操作状態の生者を炎で止めることは可能だが、操作状態の死者を炎で止めることは不可能であるだろう。また、炎による攻撃では、肉体が燃えるだけで、操作状態が解除されない可能性も考えられる。


 灰音は置かれている状況の厄介さを徐々に理解していった。灰音たちで屍を全て処理するには、長い時間を要することが目に見えている。このまま屍の相手をするべきなのか、それとも千里に合流するべきなのか、他の選択肢にはどのようなものがあるか、灰音は思考を回し続ける。しかし、一向に答えが出ない。


 そして、答えは向こうからやってくることになる。次の瞬間、灰音たちの目の前にいる屍が一刀両断されていく。それはまるで、混迷する灰音の脳内を刀が一閃したかのようにも感じられた。


「……椿!?」


 姿を現したのは、椿だった。


「本殿の方はどうしたの?」


 灰音が慌てて椿に尋ねた。


「安心しろ。詠がいる」

「敵の本命はそっちだよ? それを一人に任せるのは──」

「詠は強い。それに、私たちがこちらを即座に終わらせれば良いだけの話だ」


 椿は完全に詠を信じているように見えた。というより、信じるしかないのだろう。


「……わかった。椿がいれば、確かに百人力だ」

「馬鹿を言え。私はそこまで弱くはない」


 直後、椿は二本目の刀を抜く。それが、本気状態に変化する合図。そして、椿が持つ霊魂術の真価が発揮される瞬間である。

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