第31話 独白

 はいたちが神社に着いた頃、森の奥に位置する墓石の前には、蹲るよみの姿があった。その墓石には、月華つきはな家という文字が刻まれている。


「私さ、お母さんがいなくなってから、神社の皆を引っ張っていけるように努力してきたと思う。今度こそは私が守るって覚悟決めてね」


 詠は墓石に喋りかけるように、思いを吐露し始めた。


「でも、なおの人と戦ったとき、そして本気の力を見たとき、ここまで力の差があるのかって絶望しちゃった。情けないよね……」


 詠は下を向き始めた。まるで、墓石に向ける顔がないようである。


「私には、十月とおつき神社の明るい未来が見えないよ。この先やっていけるかも、私が神社の長で良いのかもわからない。きっと、お母さんもあのとき、こんな気持ちだったのかな?」


 詠は少し顔を上げて、墓石を見つめる。


「本当はもっと、お母さんの声、聞きたかった。もっと、お母さんの気持ち、知りたかった。最後まで、話してくれなかったから。というより、病気で話す元気がなかっただけだと思うけど……」


 今は亡き母に、詠は思いを馳せていた。


「ねえ、お母さんは私のこと、嫌ってなかったよね?」


 当然、死人に口はない。


「お母さんのこと、信じて良いよね?」


 静寂だけが流れていく。


「……私を後継者として認めてくれていたよね?」


 もはや、誰にもわからないことであるかもしれない。


「……よし。弱音はこれで終わり。じゃあ、もう行くね。ふみ婆に心配かけるのも悪いから」


 その言葉の後、詠はゆっくりと立ち上がった。そして、墓石の前を去ろうと歩き始めたところで、一瞬だけ振り返る。


「ずっと見ていてね。私のこと……」


 そう呟いた後、詠は神社の境内まで戻っていくのだった。







 日が傾き始めた頃、境内に到着し、灰音たちと合流する詠の姿があった。


「ごめんなさい、少し席を外してしまって」

「大丈夫ですよ。式守しきもりさんから神社の情報は概ね教えていただきましたので」


 灰音の言葉の後、詠は式守に視線を向ける。


「文婆、ありがとう」

「いえいえ、私にできることであれば何でも」


 頭を下げる詠に対して、式守も一礼を返した。


「では、そろそろ日も暮れてきましたので、私たちはこの辺りでお暇しようと思います。明日以降、神在大祭について、詳しく確認させてください」

「わかりました」


 そして、灰音たちはお辞儀した後、入口の方に戻ろうと歩き始める。しかし、その途中で何かを思い出したのか、灰音が振り返った。


「すみません、一つ大事なことを聞き忘れていました」

「大事なこと……?」

「はい。過去に、神器を狙う集団がこの神社に現れたことってありますか?」


 灰音の質問で、詠は記憶を呼び起こす。


「特殊な力を持つ代物と聞きつけて、御神玉を奪おうとする人たちが現れることは度々です。その度に、私が追い返していますが……」


 その話を聞いて、灰音は詠の強さに少し納得できた。


「なるほど。ただ、術者が出現したことはないのですよね?」

「私の認識だとありません」


 実際に術者がいたかどうかは、確かにわからないことである。


「では、過去に神器を奪いに来た人たちの中で、二十代前半くらいの女性の集団っていましたか?」

「……すみません。あまり覚えていないです」


 少しの沈黙の後、詠が答えた。


「そうですよね。改めて、今日はありがとうございました。私たちはこれで失礼します」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 その後、灰音たちは神社を後にした。







 神社を出た後、灰音たちは宿泊予定のホテルまで歩いて向かっていた。


「あの子、二十代前半の女性という言葉の後、一瞬だけ心当たりがあるような表情をしておったな」

「そうですか? それなら、別に隠す必要ないと思いますけど」

「まあ、余の気のせいかも」


 せんは観察眼に優れているが、信用できるものかと言われると、そうでもないのが現実である。


「どちらにせよ、例の集団が十月神社に既に出現しているのだとしたら、今現在、神社に宿やどりがあることに矛盾しておるか」

「他に警護を雇っているならともかく、神社の人間だけで守り切れるはずがないですからね」


 というか、通常の警護を雇っていたとしても、複数の術者相手から守り切るのは不可能だろう。


「そして、以前に現れていないのであれば、これから例の集団が現れる可能性も低そうじゃ」

「なぜですか?」

「ん、なぜって、宿の情報は数年前から流れているのだろう? 神器を狙う順番で、宿がきざみの後のことがあると思うか?」


 刻の情報が世に回り始めた時期よりも前に、宿が十月神社にあるという情報が流れている期間が長く存在している。つまり、その期間で宿を奪うために出現していないということは、そもそも宿を狙っていない可能性が高いということである。


「確かにそうですね。でも、活動を始めたのが最近という可能性もありますから」

「もちろん、警戒を怠るつもりはない」


 その後、灰音たちは目的地であるホテルに到着した。


 チェックインを終了させ、灰音とほむらは同じ客室に入る。ちなみに、千里と椿つばきは向かいの部屋である。


「あの、一つだけ聞いても良いですか?」


 部屋に荷物を置きながら、焔が灰音に話しかけた。


「ん、どうしたの?」


 焔の真剣な顔を見て、灰音は少し身構えた。


「もしも、詠さんが術者だと判明したら、やはり直霊本部に連れて帰るのですか?」

「……もちろん。それが規則だからね」


 焔の表情はわかりやすく暗くなった。詠を直霊に連れて帰るということは、十月神社から強制的に離すことになる。それが、残酷なことであるのは言うまでもない。


「さてと、荷物整理も終わったし、どっか食べに行こうか」

「……はい」


 灰音は沈んだ空気を変えるために、外に出ることにした。そして、出雲での初日は過ぎていった。神在大祭の開催は、四日後まで迫っている。

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