第32話 自力

 翌日の朝、はいたちは再び十月とおつき神社に向かった。その日は、式守しきもりから神社で働く他の神職の紹介を受けた。そして、一通りの挨拶を終えたところで、灰音があることに気づいた。


「あれ、椿つばきはどこいった?」

「本当ですね。さっきまでいたはずなのに……」

「うーん。人の多さに怯えて、逃げたのかな?」


 灰音が辺りを見渡すが、椿の姿は見当たらない。


「そういえば、よみさまもいらっしゃらないですね」


 式守が詠もいないことに気づいたようだ。


「まさか、二人だけの密会か?」

「いやいや、人見知りの椿に限って、それはないですよ」


 その後、灰音たちは二人抜きで神在大祭での段取りを確認し始めた。神社の人たちは基本的に神在大祭を通常通り進行することになっているので、その全体の動きを把握しておこうということである。


 ちなみに、これは外見変化の幻覚術者への対策も兼ねている。合言葉などは霊魂術を考慮すると、信頼できるものとは言えない。よって、物理的な行動を基準とする方が良いと考えたのだ。


 要するに、それぞれの人物がいつどこで何をする予定になっているのか、事前に知ることで、当日にその行動から外れている人物に疑いをかけることができるのである。


 もちろん、覚えなければならない情報量は多いが、神在大祭までの時間を考えると、灰音にとってそこまで難しいことではないだろう。







 一方、神社に隣接する森林の中には、昨日の平野を再び訪れる椿と詠の姿があった。


「それで、話というのは何でしょうか?」


 詠が椿に話しかけた。どうやら、詠は椿に呼び出されていたようだ。


「……私はお前を守ってあげるほど、優しくはない」


 椿がゆっくりと口を開いた。


「急に何の話ですか?」

「しかし、約束は守る。だから、自分の身を自分の力で守れるほどに、お前を鍛えようと思う」

「よくわかりませんが、要するに、稽古をつけていただけるということですか?」


 詠の言葉に、椿が無言で頷いた。


「別に強制はしない。嫌なら断ってくれ」

「いえ、願ってもない話です。ぜひお願いします」

「半端な覚悟なら、後悔することになるぞ?」


 椿は念押しのように、詠に尋ねた。


「私の目を見て、半端な覚悟だと感じますか?」

「……では、今から稽古を始めるとしよう」


 詠の真剣な眼差しで、その覚悟が椿にも伝わったようだ。


「まず、霊魂術について、どこまで知っている?」

「えっと、自分や相手の精神に干渉する能力としか認識していませんね」

「なるほど」


 しかし、のんびりと座学をしている時間はない。


「ならば、座学と実戦と同時にしよう」

「え?」

「安心しろ。私は戦闘に集中しながらでも、普段通り話すことができる。お前は戦いながら、私の言葉を頭に入れるだけで良い」


 しかし、詠はまだ困惑しているようだ。


「あの、なおではそのような訓練方法を採用しているのですか?」

「いや、私もやるのは初めてだ」

「時間がないということですか……」


 もちろん、座学と実戦を同時にすることで、どちらも中途半端になる可能性も考えられる。しかし、それを理解した上で、椿はこの方法を選んでいる。それは、詠が底に秘める力を感じ取ったからなのだろう。


「それに、並列思考の練習にもなる。相手の術警戒などは、戦闘の最中に同時進行でしなければいけない。一人で術者を相手にするのは、それだけ厳しい」

「普通、術者とは一人で戦わないということですか?」

「当然だ。洗脳や操作術をかけられたら、そこで終わりだからな。直霊でも二人以上の行動が基本になっている」


 二人以上での行動によって、一人が操作されても、別の人がそれを解除して助けられる可能性が生まれるということだ。


「しかし、お前は自己完結した力が欲しいのだろう?」

「……はい。私は自分の力で十月神社を守れるようになりたいです」

「自己完結した強さ、つまり一人で戦うことのできる実力を持っているのは、直霊でも私含めて四人しかいない。言いたいことはわかるか?」


 椿の言葉に、詠が無言で頷いた。直霊の中でも数が多くないということは、それ相応の努力が求められるということである。


「さて、時間は限られている。まずはもう一度、私に一撃を入れてみせろ。ただし、今度は最初から本気だ。また、私から反撃はしないが、話に夢中であまりにも生温い攻撃が続くと、私も手が滑ってしまうかもしれないとだけ言っておく」


 詠への攻撃をしないのであれば、本気を出しても問題ないという判断である。


「わかりました。ただ、一つだけ聞いても良いですか?」

「何だ?」

「……どうして、そこまでしてくれるのですか?」


 詠が不思議そうに、椿に尋ねた。


「別に、ただの気まぐれだ」

「……」


 詠はまだ納得していないような表情である。


「無駄話をしている暇はない。早速、始めるぞ。最初はそうだな、霊魂術の系統から教えるとしよう」


 その後、椿と詠の戦闘訓練が開始されるのだった。







 辺りが暗くなってきた頃、神社の境内に戻ってきた椿と詠の姿があった。不在だった二人が一緒にいるのを見て、灰音は驚いているようにも見える。


「椿、今まで何していたの? 随分と席外していたけど」


 灰音が椿に尋ねた。


「い、いや、ちょっと野暮用というか……」

「ふーん」


 曖昧な答えに、灰音は疑いの目を椿に向けている。


「詠さま、お疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

「うん、平気」


 続いて、式守が詠に心配の言葉をかけた。詠は息を切らしながら、汗を拭う仕草を見せている。


「詠さん、椿が何か迷惑とかかけていないですか?」


 灰音は椿の対人能力を信用していないようだ。


「いえ、むしろ私を手助けしていただいているというか……」

「手助けというのは?」


 透かさず、灰音は詠に言葉の意味を聞いた。


「椿さんは今まで、私のために稽古をつけてくれていたのです」

「え、嘘!?」


 詠の発言に、灰音は目を見開き、愕然としている。


「そこまで、珍しいことなのですか?」


 灰音の様子に、ほむらは疑問を感じているようだ。


「珍しいというか、私は聞いたことがない。椿って新人研修担当も拒否しているくらいだよ?」

「……なるほど」


 ちなみに、新人研修担当を拒否できるのは、椿の実力が評価されていることの現れでもある。


「でも、椿も遂に人材育成の大事さに気づいたってことだよね。感心、感心」


 椿は一人で十分な戦力を持っているので、味方を強くするのに興味がないのは理解できないことではない。しかし、今現在活躍している捜査員もいつかは前線から退くときが訪れる。よって、直霊の未来のために後継者を育成する必要性が高いのは言うまでもない。


「椿。この調子で、新人教育もやっていったら?」

「嫌だ」


 はっきりとした口調で、椿は拒絶した。それを受けて、灰音は残念な表情を浮かべる。


「お話し中、すみません。夜も近づいてきましたし、今日はお開きで大丈夫でしょうか?」


 会話の途中で、式守が入ってきた。そして、疲れている詠の様子を見てなのか、解散を提案した。


「そうですね。続きは明日にしましょう」


 灰音も式守の提案を受け入れることにした。


「では、私たちはホテルの方に戻ります。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 式守が丁寧に頭を下げた。灰音たちは会釈を返した後、神社の入口の方に歩き始める。


「あ、あの、椿さん!」


 その途中で、詠が椿を呼び止めた。その声で、椿だけでなく、他三人も振り返る。


「今日は本当にありがとうございました!」


 感謝の言葉と共に、詠は深々と礼をしている。


「う、うん。これからも一緒に頑張ろう……」

「はい、よろしくお願いします!」


 椿の返事に、詠は嬉しそうに見える。二人の修行はまだまだ始まったばかりだ。そして、神在大祭の開催は、三日後まで迫っている。

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