第28話 宮司

 翌日、寝台列車は予定通りに出雲へと到着した。はいたちは列車を降りた後、十月とおつき神社に向けて歩き始める。


 しばらくすると、神社の入口と思わしき鳥居が目に入った。それは、木々に囲まれた自然の中で明らかな人工物として、確かな存在感を放っている。


 その後、境内に入り、参道を進んでいると、箒を持った女性を発見した。年齢は六十代ほど、服装からして神職であることがわかる。


「すみません、十月神社の方ですか?」


 灰音が話しかけた後、箒を持った女性がこちらの方を向く。


「はい。どうかされましたか?」

「初めまして。私たち、こういうものです」


 灰音は、なおに所属することを証明する手帳を見せた。それを見て、箒を持った女性は少し顔をしかめる。


「また、御神玉の件ですか? あなた方には、お渡ししないという結論が出ているはずです」

「回収に来たわけではありません。実は最近、神器を狙う集団が出現しまして──」

「その警告に来たということですか?」


 箒を持った女性が灰音たちに尋ねた。


「はい、来週に開かれる神在大祭の期間中が最も危険かと思います。そして、ぜひ私たちにも警護させていただければと思っています」

「……なるほど。ひとまず、宮司の下へ案内します。詳しい話はその後にしましょう」

「ありがとうございます」


 直後、箒を持った女性は神社の奥の方へ歩き出した。その後ろを灰音たちも付いていく。


「申し遅れました、私は式守文しきもりふみと申します」


 途中、箒を持った女性は顔を後ろに向けて、灰音たちに自己紹介をした。


「改めまして、ざくら灰音です」

「私はおきほむらと言います。よろしくお願いします!」

鳳楼ほうろうせんと申す。そして、余の後ろにおるのが、つるぎ椿つばきじゃ」


 椿は千里の背後から少し顔を出して、式守に会釈をした。


「皆さん、よろしくお願いします」


 そして、式守は再び前を向いて、参道を進み続けていく。


「椿もこの人は初対面なの?」


 前を歩く式守には聞こえない声量で、灰音が椿に話しかけた。


「う、うーん。前は、一緒に来た警察にほとんど任せていたから、あまり覚えていない……」


 以前、神器の件で十月神社を訪れた際も、椿は警察の後ろに隠れていたようである。


「じゃあ宮司がどんな人かも知らない?」

「い、いや、印象的だったから覚えている。四十代くらいの高潔な女性。前だと、神器は渡しませんって一点張りだった……」

「なるほどね。排他的な性格じゃないと良いけど……」


 灰音は少し不安気な表情を浮かべている。







 しばらくして、灰音たちは十月神社の本殿の目の前まで到着した。


「御本殿には神職以外の人物は立ち入ることはできません。中にいる宮司を連れて参りますので、少しお待ちください」

「わかりました」


 その言葉の後、式守は本殿の中に入っていった。


「立派な本殿ですね。歴史を感じます」

「余はあまり詳しくないが、本殿に神様が祀られているということなのか?」

「はい。神様が宿る御神体が安置されている場所です。神社で最も大事なのが本殿だと言えますね」


 故に、神職以外は基本的に立ち入り禁止なのである。また、本殿は神社の最奥に位置することになる。


「ほう。その御神体って物体なのか?」

「神社によって、様々だと思います。神木や神像、あるいは山自体を御神体とすることもあるらしいですね」


 御神体とは、神様が宿る依代として、礼拝の対象になるものである。


「それで、この神社の御神体は何なのじゃ?」

「いや、知らないですね」

「そ、それが、たま宿やどりうんぎょくです……」


 会話に割り込むように、椿が言った。その言葉を聞いて、他三人は一瞬驚いたが、即座に納得がいったような表情を浮かべる。


「ふーん。そういうことか……」

「道理で手放すわけがないのですね」


 神社側の決意が固いのは、それなりの理由があったようだ。


「しかし、神器としての宿やどりが誕生したのは、そこまで昔のことではなかろう?」

「勝手に神器化することはありませんから、どこかで一度、奪われているのかもしれませんね」

「そ、そうだと思う。それに、元々が御神体であれば、神器化するのも頷けるというか……」


 御神体には、長い歴史の中で幾千もの感情が積み重っていると考えられる。つまり、神器の元として非常に優れていると言えるだろう。


 その後、式守が一人の女性を連れて、本殿から顔を見せた。その女性は式守と同じく白衣と袴を身に纏い、背中には和傘を背負っている。そして、灰音たちは彼女の姿に動揺していた。なぜなら、その女性は灰音たちよりも若いように感じられたからである。


 灰音は椿の方を向いたが、どうやら椿も記憶と違う人物が登場したので、困惑しているようである。椿が十月神社を訪れたのは、そこまで昔の話ではない。その期間に、宮司が変わったということなのだろうか。


よみさま、こちらが直霊の方々です」


 式守の言葉の後、もう一人の女性は灰音たちの前まで近づいてきた。


「わざわざ僻地まで、ありがとうございます。この神社の宮司を務めています、月華つきはな詠と申します」


 詠は丁寧にお辞儀をした。それから、式守のときと同じように、灰音たちも簡単な自己紹介をした。


「宮司さん、随分と若いというか……」

「詠さまは現在、十九歳ですから。しかし、紛れもなく十月神社の代表であられます」

「もちろん、疑っているわけではありません。ただ、以前に神器の件で訪れた際の宮司さんと人が違うようでしたので……」


 口ではそう言っているが、広大な神社の最高責任者が二十歳にも満たない若者であることは、にわかには信じられなかっただろう。


「それは、先代の月華いとさまですね。詠さまはその娘で──」

「文婆、関係ない話はしなくて良い。直霊の皆さん、本題に入りましょう」


 詠は式守の言葉を遮った後、直霊に話しかけた。


「はい。今回の用件ですが、神在大祭の期間中に、ぜひ神器の護衛を手伝わせていただければと思っています。実は最近、神器を狙う危険な集団の存在が──」

「そうですか。結論から申し上げますと、外部の者の手は必要ありません。ご心配ありがとうございました。では、私は御本殿の清掃がありますので、失礼します」


 詠は食い気味に返答した後、一礼をして本殿へと戻ろうとした。


「え、ちょっと待ってください!」


 灰音は慌てて、詠を呼び止めた。


「どうかされましたか?」

「いや、あの、神器を狙っている集団は本当に危険なのです。霊魂術と呼ばれる強力な──」

「精神に干渉する能力でしょう? 耳にしたことはあります。しかし、それは関係ありません」


 詠は考えを改める気がないようだ。


「お言葉ですが、霊魂術者は一般人で太刀打ちできる相手ではないと思います」

「わかりました。そこまで言うのであれば……」


 灰音の説得の甲斐あって、詠も納得したのかと思ったが、実際はそうではなかった。


「私と一つ勝負していただきましょう」

「え?」


 詠の口から飛び出した言葉に、灰音たちは呆然としている。

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