第22話 行方
神器とは、内部に莫大な残留思念を含有する代物である。逆に、神器はその強力な思念の依代となっているとも言えるだろう。そして、外の器が破壊されたとき、中に積もりに積もった感情は爆発してしまう。最終的に、行き場を失った感情は神器の所有者に流れ込むことになる。
「一体、何が……」
「以前、とある神器の力に畏怖し、破壊を考えた人がいた。その後、破壊には成功したが、神器に堆積した感情が解放され、破壊した本人は一瞬で廃人へと変わり果てたという悲劇が起きた」
「つまり、あの人は……」
焔が龍宮の方を見て、その顔を曇らせた。
「あれが神器の代償だ。私たちにはどうすることもできない」
「そんな……」
神器を手にしまった者の最悪な末路に、焔は悲哀の念を抱いた。だが、
悲鳴を上げた後、その場に静かに倒れてしまった龍宮だったが、何と再び立ち上がったのだ。しかし、龍宮の意識は正常ではないように見える。
「……あれはまずいですね。
「逃がすか!」
灰音は想たちを追いかけようとした。しかし、思わぬ邪魔が入ってしまう。気づいたときには、龍宮が目の前まで来ていたのだ。そして、龍宮は無差別的に灰音を襲った。しかも、龍宮の力は先ほどまでとは比べ物にならないほど、上昇していた。龍宮の一撃が、咄嗟に正確な防御をしたはずの灰音を消し飛ばしたのだ。
「灰音さん!?」
焔が声を上げた。その後、七瀬がテーザー銃を命中させたことで、龍宮は地面に倒れ込む。その隙に、焔が上から龍宮に怒りの発勁を放つ。しかし、それでも龍宮はまだ動けるようである。
「何という力……」
焔は現状を全く理解できていないが、それも考える暇もない。焔が起き上がろうとする龍宮の体を抑えているが、長くは持たないだろう。
「神器に込められた怨念によって、暴走しているのかもしれない」
「そんなことが……」
残留思念の大半は、死者によるものである。これは、生者の残留思念が早くに消えてしまうのに対して、死者の残留思念は怨念によって長く存続できるために生じる結果と言えるだろう。要するに、生への執着心、言い換えると現世にしがみつくような力が、肉体だけでなく、周囲の物体にも感情を残しているのだ。
よって、神器は怨念の塊とも言える。そして、魂刻の雷弓が破壊されたときに、感情だけでなく、それを存続させていた怨念も龍宮の体に流入したのだ。その後は、通常の人間と同様に、龍宮は意識を失った。しかし、龍宮の場合、発動していた
結果的には、龍宮の意識が消失した状態で、怨悪憑怒が抱えきれない怨念のストックを消費しようとするため、力の暴走状態に突入してしまったのだろう。言うなれば、現在の龍宮は、怨念という生者への怒りによって支配された暴力の化身である。それは、周囲の人物を自身が死ぬまで襲い続ける怪物なのだ。
「ごめんなさい、限界かもです……」
七瀬がカートリッジを交換する前に、焔の限界は訪れてしまった。焔の体を跳ね除け、龍宮が再び立ち上がる。そして、龍宮は瞬く間に焔、続いて七瀬の体を吹き飛ばした。それでも龍宮の攻撃は止まらない。
焔と七瀬に追撃を入れるために、龍宮は走り出した。しかし、その歩みは止められることになる。龍宮の視界には、重々しい金属の物体が迫っていた。次の瞬間、鈍い音と共に、龍宮は後ろに押し戻される。
「……ここは通行止めだよ」
龍宮の目の前には、紅鏡を構えた灰音が立ち塞がっていた。しかし、灰音の声からは弱々しさが感じられる。暴走龍宮の初撃で灰音は頭から血が流し、限界が近い状態だったのだ。
紅鏡の加熱装置は先ほど使ってしまった。
そして、再び紅鏡を振り翳して攻撃しようとしたとき、灰音は膝から崩れ落ちてしまった。当然である。限界が近い状態で、紅鏡ほどの重量を二度も振り回せるはずもない。灰音は目前に迫る龍宮を見て、死を覚悟しただろう。
「……ごめん」
そう呟いた後、灰音は反射的に目を瞑った。しかし、しばらくしても何も起きなかった。不思議に思った灰音がゆっくりと目を開けると、目の前にいた龍宮の歩みが止まっていた。というより、龍宮は前に進もうとしているが、何かに阻まれている状態に見えた。一瞬、何が起きているかわからなかった灰音だったが、背後からの足音を聞いた後に振り返り、全てを理解した。
「遅刻ですよ、
灰音の背後から現れたのは、三叉槍を背中に担ぎ、仙人のような装束を身に纏った女性であった。また、首には単眼鏡をぶら下げている。彼女の名は
「灰音、交代じゃ」
「……ありがとうございます」
千里から差し伸べられた手を取り、灰音はゆっくりと立ち上がった。
「千里さん、先ほど逃げた奴らの行方見ていましたか?」
「おそらく、停泊船の方に向かっておったな」
「助かります。そっちは私たちが追いかけます」
灰音の言葉に、千里は目を見開いた。
「灰音、お前まさかその傷で行くつもりか!?」
「これくらい、平気です」
その言葉の後、灰音は停泊船の方に向かって走り出した。紅鏡も地面に放置したままである。
「おい、待て!」
しかし、千里の言葉が届く前に、灰音は行ってしまったようだ。
「あいつ、余がここを放置できないとわかっているな。変に頭が回る……」
「私、灰音さんの後を追いかけます」
気づいたら、焔も復帰していたようだ。灰音と比べると軽傷のように見える。
「お、新人の子か。すまんが、いざというときは灰音を頼む」
「はい!」
そして、灰音の後を追うように、焔も停泊船の方へ駆けていくのだった。
「うーむ。最近の灰音は心配じゃ……」
灰音と焔が去った後、千里は呟いた。
「しかし、灰音の性格を考えると、私たちが止めても意味ないだろう。それに、あの二人には今からのことを見せない方が良い」
七瀬は服の汚れを払いながら、千里に近づいて話しかけた。ちなみに、年は一つ離れているが、七瀬と千里は直霊の同期である。
「それはさておき、七瀬。お前は、もう少し安全圏にいた方が良いぞ?」
「……私も時には戦うさ」
その後、千里と七瀬は龍宮にゆっくりと近づいた。龍宮は相変わらず、前に一歩も進めない状態のようだ。これは、もちろん千里の仕業である。
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