第23話 障壁

 せんが持つ霊魂術の名は『れい禁門きんもん』。系統はあらみの幻覚術に分類され、相手に対して意識的に通ることのできない障壁を錯覚させる力を持っている。つまり、相手視点では、目の前に透明な壁が出現したように感じることになる。もちろん、これは実際に壁があるわけではないので、術の対象者以外は普通に通過することができる。


 なお、五霊禁門の対象者は、幻壁という境界を越えるようなあらゆる行為を禁止される。例えば、壁の向こう側に石を投げる、銃を撃つなどもできない。よって、壁を挟む限り、千里が一方的に攻撃できる。


 もちろん、五霊禁門にも制限は存在する。まず一つは、壁の大きさが無限ではないこと。つまり、横から抜けるなどが可能なのだ。しかし、透明な壁がどこまで続いているかは、視覚的には当然わからない。


 次に、壁はどこでも設置できるというわけではなく、相手との間を隔てるようにしか、出現させることができない。つまり、相手の退路を塞ぐような使い方は基本的にできないということになる。


 また、五霊禁門の対象者とするためには、事前に相手を一分間自分の視界に入れておく必要がある。なお、これは壁を設置した際にリセットされてしまうので、壁を再設置するためには、再び相手の姿を一分間捉えることから始めないといけない。


 最後に、五霊禁門の対象者となるのは、一枚の壁につき一人という制限がある。つまり、術の対象者は一人の力で境界を越えることは不可能だが、もう一人の協力があれば、簡単に越えられる。例えば、もう一人が術の対象者を抱え、壁を通過することや、もう一人が術の対象者を投げ飛ばし、壁を通過させることは可能なのである。とはいえ、自分が術の対象となっているかどうかは、実際に壁の存在を感じるまでわからない。


「……この子はまるで理性を失った獣のようじゃ。回り道をしようという発想に至ることなく、ただ前に突き進もうとしている」

 

 千里は龍宮たつみやの姿を見て、切ない表情を浮かべた。現在の龍宮は、最も近くの人間を襲うようにプログラミングされているような状態である。よって、通ることのできない壁に一生阻まれているのだ。


なな。一応、聞いておくが、この子を救う方法あるか?」


 千里が七瀬に尋ねた。その後、暫しの静寂が訪れる。


「……救うというのが、元に戻すという意味ならば、一切ない」

「だろうな。まあ、聞いただけじゃ」


 千里は深く溜息をついた。


「気が引けるなら、私がやろうか?」

「いや、心配ご無用じゃ」


 その言葉の後、千里は背中の槍を手に持ち、龍宮に向けて構えた。


「余はこの力で人を守りたくて、なおに入ったのだが……」

「誰かを守ることは、時に誰かを傷つけなくてはいけない。世界とは、そういうものだ」

「……そうか」


 直後、千里は槍で龍宮の体を貫いた。







 一方、はいほむらは停泊船の場所まで走り続けていた。しかし、停泊船目前の陸地には当然ながら敵が待ち構えている。灰音たちの前に姿を現したのは、先ほど神器争いの場所にはいなかった謎の二人組だった。一人は格闘家のような外見の女性で、もう一人はフードによって顔すら視認できない。


「……まだ仲間がいたのか」


 灰音と焔は足を止めた。


「船のところには行かせないってことか?」


 灰音が謎の二人組に話しかけた。


「まず初めに、神器が破壊された今、私たちが戦う理由はありますか?」


 フードの人物が口を開いた。声からして、女性であることはわかる。


「神器を狙う集団を無視するわけにいかない。君たちはなぜ神器を狙っている?」

「逆に、あなたたちはなぜ神器を狙っていますか?」


 フードの女性は灰音に質問を返した。


「それはもちろん、安全のためだ。危険な神器は回収する必要がある」

「……くだらない」


 灰音の答えに対し、フードの女性は小声で言った。


「何だと?」


 謎の女性が放った言葉で、灰音は少し頭に来ているように見える。


「あなたたちの手元に神器がある状態の何が安全なのですか? あなたたちが神器を悪用しない保証はどこにもないでしょう?」

「私たちは政府公認の組織です。回収した神器は厳重に保管されることになります」


 今度は焔が返答した。その言葉に、フードの女性は小さく溜息を吐いた。


「政府公認だから何ですか? 政府自体が信用できるとも限らないのに……」

「とにかく、私たちが神器を悪用することはありえない」


 灰音の言葉に、フードの女性はこれまた深く溜息を吐いた。


「……そもそも、言葉は信用するものではないと言ったのはあなたですよね?」

「は?」


 灰音は疑問の表情を浮かべた。


「そんなことを、君たちに言った覚えはないけど?」

「そうか、すみません。声だけではわかりませんよね」


 直後、謎の女性は被っていたフードを取った。


「え……?」


 その顔を見て、灰音と焔の表情が固まった。


「……君ははくちゃんなのか?」


 灰音と焔の目の前にいたのは、誘拐されていたはずのまだら琥珀の姿だった。


「困惑や疑念といった感情が確かに伝わってきますよ。色々と言いましたが、別にあなたたちを本気で疑っているわけではないです。なぜなら、私は俗に言う、心が読める術者ですからね」


 琥珀は真剣な眼差しで、灰音と焔を見つめていた。


「何で、琥珀ちゃんが……」


 灰音はひどく動揺しているようだ。琥珀の言葉も頭に入っていないように見える。


「心ここにあらずといった感じですか。これ以上の会話は必要ないですね」


 その言葉の後、琥珀はもう一人を連れて、船の場所に戻ろうとする。


「……いやいや、話したいことだらけだよ」


 琥珀を引き留めるように、灰音は言葉を放った。


「これ以上付き纏うつもりなら、言葉だけでは済みませんよ?」

「……強引にでも、琥珀ちゃんの目を覚まさせるよ」

「私はとっくに目を覚ましています!」


 琥珀が声を荒げた。


りんさん、下がっていてください。こんな手負い二人、私一人で十分です」


 琥珀の力強い言葉に、もう一人の女性は無言で頷いた。そして、琥珀が灰音と焔の前に立ち塞がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る