第15話 異変

 一方、はいたちは作戦の話を終えて、明日に備えるために客室で体を休めていた。


「それにしても、思っていたより広くて良い部屋ですね」

「客室自体は四人部屋だからな。後一人が来なかっただけで」


 灰音は椅子に腰掛けながら、寛いでいる。


「見てください、この綺麗な海!」


 ほむらは窓の外を眺めているようだ。手招きで、灰音にも窓の外を見るように促している。そして、灰音も椅子から立ち上がり、窓際に近づいた。


「本当だね。こうしていると、久々の休暇を頂いている気分だよ」

「私も旅行など数年行っていないかもしれない」


 なおでは、長期休暇は取れないと言っても良い。偶には、このように純粋に楽しむ時間があっても良いのかもしれない。


「そもそも、私はななさんの私服初めて見ましたよ」

「言われてみれば、そうだな。食事行くときも、仕事終わりでいつもスーツだから」


 灰音の言葉に、七瀬は少し笑みを零した。


「そういえば、直霊って制服ないですよね? 最初は何を着るべきか、凄く迷ってしまいました」

「まあ、制服あったら、私が術者ですって言っているようなものだからね」


 術者だと知られるということは、狙われる可能性が非常に高くなるということである。もちろん、簡単に誘拐できる術者は直霊にいないのだが。


「さて、そろそろ昼食の時間だな。船のレストランに行こうか」

「はい! 楽しみですね!」


 元気そうな焔を見て、灰音も嬉しそうに見える。


 その後、三人は客室を出て、レストランがある方向に歩いていく。しかし、その道中、とある部屋の扉前で七瀬が突然足を止めた。


「どうかしましたか、七瀬さん?」

「……この部屋、嫌な雰囲気がする」


 七瀬の言葉で、灰音が真剣な表情に変わった。


「開けてみますか?」

「いや、気のせいかもしれない」

「七瀬さんの気のせいは、気のせいではありませんよ」


 結局、灰音たちは部屋に入ってみることにした。灰音が扉の取手に触れるが、鍵は閉まっていない。そのまま扉を開ける灰音。しかし、中に人影はない。


「誰もいないみたいですね」


 灰音が安全を確認し、七瀬に伝えた。それから、七瀬は屈みながら部屋の床に手を触れて、目を瞑る。暫しの静寂の後、七瀬がゆっくりと目を開けた。


「……人が死んでいるな」

「え?」


 焔は驚きの声を上げた。一方の灰音は、案の定という顔をしている。


「殺害ですか?」

「ああ、間違いない。だが、被害者が面識のない人物に殺されているせいか、殺した奴まではイメージできなかった」

たちばな君のときと、同じですか……」


 灰音が残念そうに言った。


「被害者も誰かまではわからなかった。つまり、殺した奴も別に被害者個人に対する恨みがあったわけではないだろう」

「なるほど」

「殺害目的が不明である以上、詳しく調査はしたいが、騒ぎを起こしたくないな。船が引き返しても困る」


 最優先が神器なのは絶対である。だが、事件を放置するというのも最適とは言えない。


「つまり、私たちで密かに調査するということですね?」

「それが良いだろう」


 灰音の言葉に、七瀬が頷いた。


「でも、手掛かりがないですよね……」


 焔の言う通り、物的証拠はないと言っても良い。遺体もおそらく海の藻屑になっているだろう。


「そういうわけでもない。橘の事件と違うのは、犯人が十中八九まだ船内にいるということだ」

「なるほど、そういうことですか」


 七瀬の言葉の意味を、灰音は瞬時に理解した。一方の焔は、意味が分からず、困惑しているようだ。







 オークション前日の夜が近づいてきた頃、木霊島では最終確認が完了し、明日に備えようとしていた。


おおさん。船内の監視担当からも、今のところ特に問題ないとの報告が入っています」

「そうか。それは安心だな」


 スタッフの言葉に、大和田は胸を撫で下ろした。


「おい。報告というのは、ただ文章が送られてきただけか?」


 口を挟んだのは、袖が広がった和服を着た女性である。その髪には、金色の鈴が付いた簪が見える。彼女の名はたつみやすず、現在二十五歳。今回のオークションで、大和田に闇商品の護衛として雇われた人物だ。


「そうですけど、それがどうかしましたか?」


 スタッフが龍宮に質問を返した。


「なら、既に監視担当が全員倒されている可能性も考えるべきだろ」

「え?」


 つまり、監視員の代わりに誰かが嘘のメッセージを送っている可能性があるということだ。ちなみに、操作術を想定するのであれば、通話であっても信用できるとは言えない。


「監視担当は客として、複数紛れ込ませている。短時間で特定するのは、不可能だと思うが?」


 考え過ぎである。大和田は龍宮にそう言いたいのだろう。


「大和田、それが常人の考えで、浅はかだと言っている。相手に術者がいたとしたら、不可能はあってないようなものだぞ?」

「……」


 睨むような龍宮の気迫に、大和田は黙ってしまった。


「まあ、良い。明日には、わかることだ」


 そう告げた後、龍宮は二人の前から姿を消していった。簪に鈴が付いているはずなのに、その動きには音が全く感じられなかった。

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