第16話 前夜
時を同じくして、客船の方では、
「すみません、少し良いですか?」
三人組の内の一人である長身な女性から、薫は呼び止められたのだ。驚きつつも、振り返る薫。なぜ自分が声をかけられたかは全く分かっていない。
「え、どうかしましたか?」
「いや、何というか。同年代の女性がいたもので、つい」
とても本心には思えない。そして、薫は相手の姿を改めて見たときに、彼女たちが
「……確かに、珍しいかもしれませんね」
言葉では平静を装っていたが、なぜ直霊から目をつけられたのか、薫は頭の中で急いで考えていた。
そもそも、直霊は怪しい女性に全て声をかけているのかもしれない。その後、反応を観察する、もしくは嘘を見抜く霊魂術などで実質的に尋問をしている可能性も考えられる。
「お一人ですか?」
「いえ、違います。今から、友人と合流するところです」
薫は今のところ嘘を言っていない。また、薫は直霊の様子を逆に観察しようとしていた。
「そうですか、引き留めてしまってすみませんでした。ぜひ、ご友人さんのところに向かってください」
助かったと言うべきだろうか。やはり、直霊は手当たり次第に声をかけていたのかもしれない。しかし、油断をしてはいけない。直霊による観察はまだ続いている可能性がある。霊魂術によるマーキングや追跡を警戒する必要があるだろう。
「はい、それでは失礼します」
直後、薫は再び歩き始め、直霊から離れようとする。もちろん、背後への警戒は怠っていない。
「最後に一つだけ良いですか?」
背後からの声に、薫は足を止めた。
「……なぜ殺したのですか?」
直霊の言葉で、薫の表情が完全に固まった。なぜ自分が犯人だと見破られているかもわからないが、そもそも殺害事件の存在を知っていること自体が不可解である。もちろん、ブラフである可能性もないわけではないが。
しばらく無言の時間が続いた後、薫の前方から
「薫さん、何をしているのですか? 早く行きますよ」
「……」
薫は考え事に夢中な様子である。
「あなたが、そちらの方のご友人さんですか?」
直霊が想に尋ねた。対する想は、直霊を前にしても落ち着いているように見える。
「はい。あの、状況はよくわかりませんが、私たちの目的はオークションに参加することです」
「無論、私たちもそうです」
想の言葉に、直霊も食い気味で返答した。
「それでは、明日に向けて休むというのが互いに最適だと思います。それとも、この航海の旅が道半ばで終わることをお望みですか?」
「いえ、全く」
「その返事を聞くことができて、良かったです。では、またお会いしましょう」
想は直霊に微笑みかけた後、薫を連れて、来た道を戻るようにその場を離れていった。また、直霊が二人を追いかける素振りを見せることもなかった。
直霊との不意な接触の後、薫と想は客室に戻る廊下を歩きながら、他人に聞かれないように小声で会話を始めた。
「薫さん、何かされましたか?」
「いや、物理的には何も。それ以外も、特に何もされていないとは思う」
自分の精神に干渉されるような感触はなかったということである。
「自覚がないのであれば、使用されていても実害のない術だと思います」
「うん、悪くて追跡くらいかな」
「それぐらいなら、無視で大丈夫でしょう」
その後、薫と想はそのまま客室に戻った。
「……それで、想。直霊は私が人殺したことを知っていたよ。そもそも、殺人があったことを知っているのが、不思議だと思わない?」
「普通に考えると、何かの霊魂術でしょうね」
監視員を殺害した部屋に物的証拠は残っていないはずである。というか、残っていたとしても、特定が早い。
「うーん。私の記憶読まれたのかも……」
「接触したのは一瞬ですか?」
「すれ違っただけだから、そうだね」
想は少し考える素振りを見せる。
「……であれば、その可能性は低いと思います。直接触れずに記憶を探ることも難しいですし、そもそも記憶を読むのには時間を必要とします」
「ふーん。じゃあ、想は何の術だと思うの?」
想は再び思考に集中した。
「……特定するための情報が足りないです」
「想がわからないなら、私が考えても無駄そうだね。まあ、監視員の拘束は終わったところだし、今日はもうゆっくりしようよ」
「そうですね。私も少し疲れました」
想は部屋のベッドにうつ伏せで倒れ込む。
「私たちは部屋を広く使えるから、運が良かったね」
「向こうの部屋から溢れただけですけどね」
そして、薫と想は部屋で明日に備え始めるのだった。
一方、
「あの二人組、何者だったのでしょうか?」
「少なくとも、只者じゃないね。特に、後から来た方」
一瞬の接触だったが、灰音は相手が手練れであると確信していた。
「とにかく、犯人に圧力はかけたつもりだ。
「……そうですね。念のため、今日は交代で寝ますか?」
「それが良いだろう」
その日は静かな夜だった。しかし、嵐の前の静けさであることは言うまでもないだろう。
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