第11話 疑念

 立橋たてばし製作所への突入から数日後、なおでは今回の事件の詳細について、議論が繰り広げられていた。


「結局、瓦礫地帯からはなんの遺体しか見つかっていないのですよね?」

「そうだ」


 はいの質問にななが答えた。灰音とおんの救出後、懸命な捜索が実施されたが、一人しか発見できなかったのだ。だが、一人発見することができたと言うべきなのかもしれない。


「そして、難波の遺体の調査結果が出ている。狗骨ひいらぎ、皆に共有してくれ」

「了解。その前に一つ確認だけど、椿つばきが難波を倒したということで合っている?」


 狗骨は椿の方へ視線を向けた。


「は、はい。生け捕りにしようとは思ったのですけど……」


 椿の体は少し震えていた。本来、敵の重要人物からは情報を聞き出さなくてはならない。そのため、難波を殺めてしまった椿は反省しているのだろう。


「別に、椿の行動を責めるつもりで言ったわけじゃない。ただの確認……」

「椿さんが難波を倒したことって、何か重要なのですか?」


 今度は、ほむらが狗骨に質問した。そこまで大事なことのように思えなかったのだろう。


「簡潔に言えば、私には殺されたように感じなかった……」

「え?」


 狗骨の言葉に皆が驚いた。


「そもそも、誰かに殺された遺体には、殺した人への私恨や、無念の感情などが残るのだけど、難波の遺体にはそれらがなかった……」


 人間が絶命したときに、一瞬で全てが無に帰すというわけではない。魂は怨念が持つ負のエネルギーを帯びて、肉体としばらく離れることはない。


 これは、死後も精神的活動が継続されるということではなく、生前の精神状態が一時的に維持されるという意味である。例えば、役者になることを夢見る若者が志半ばで亡くなってしまった場合、その遺体には役者になりたかったという強力な感情が残り続けてしまうと考えられる。


 そして、このように肉体に残留した感情を狗骨は読み取ることができる。ちなみに、怨念とは生への執着心によって生まれる、言わば生者への嫉妬や憎悪である。つまり、人間は生物として、心の奥底では必ず生を目的としているので、怨念は例外なく誰もが持つことになるものである。


「狗骨、その原因には何が考えられる?」


 狗骨の言葉に皆が困惑する中で、七瀬は冷静に見えた。


「遺体に感情が残らないことは、そこまで珍しいわけじゃない。自分の死に気づかないまま亡くなってしまった場合とか……」


 逆に、悶え死ぬなど、怨念が強くなる死に方をした場合、遺体には感情が大きく残ることになる。


「具体的には?」

「実際の例だと、睡眠時に突然死してしまった方とか……」


 七瀬と狗骨が会話を交わしているとき、灰音は一つに可能性に気づいた。


「あの、可能性としての話なのですが──」

「灰音、何かわかったか?」


 手を挙げながら口を開いた灰音に、七瀬は即座に反応した。


「──難波は操られていたのではないですか?」


 灰音の発言で、皆の空気が変わった。


「つまり、難波の肉体を動かしていたのは別の誰かで、死亡時にも難波の意識はなかった。よって、難波本人の感情は遺体にも残らなかったということか?」

「はい」

「だが、狗骨の情報だけでは、些か根拠が不十分だろう」


 七瀬の指摘は正しい。しかし、難波が操られていたと考えた理由はそれだけではない。


「難波の違和感は他にもありました。椿から話は聞いていると思いますが、難波は椿との戦闘で捨て身のような行動をしています。更に、痛みを感じる様子も一切ありませんでした。椿、そうだよね?」

「う、うん。間違いない……」


 灰音の確認に、椿は大きく頷いた。


「なるほど。操作人形だったとしたら、確かに辻褄は合う。灰音の言う通り、黒幕がいると見ても良いかもしれないな」


 七瀬もどうやら納得したようだ。


「他に、何か違和感を覚えたことはあるか? 些細なことでも構わない」

「関係あるかはわかりませんが──」

「紫苑、ぜひ教えてほしい」


 ゆっくりと挙手した紫苑に、七瀬は顔を向ける。


「──地下で籠っていた数十名以外、敵を探知できませんでした。もちろん、建物の上階は範囲外でしたが、それだと瓦礫から難波以外見つからなかったというのは不自然だと思います」

「確かに、敵側があまりにも少人数だったというのは、私も疑問に思うところだ。まあ、大人数が瓦礫の下に消えた可能性もないわけではないが……」


 敵の数については、皆が思っていたことでもあるだろう。


「その辺りの違和感も黒幕が関与しているのかもしれません」

「何がともあれ、黒幕がいたとしたら、目的は罪を難波になすりつけることで間違いない」


 難波が罪を認めるような発言をしたのも、そう考えると納得できる。


「でも、黒幕を見つけるのって、ほとんど無理ですよね」


 紫苑が俯いて、小声で言った。紫苑の言う通り、操作していたのが誰かなどわかるわけがないし、そもそも操作していたことを証明する手段もない。そして、黒幕を見つけられないということは、はくの行方も全くわからないということである。


 その後、しばらく沈黙が続いた。行き詰まってしまったと言うべきだろうか。しかし、その静寂の中、突如として七瀬の携帯が鳴った。即座に、七瀬は携帯を確認する。


「もしかして、捜査に何か進展があったのですか?」


 期待を込めて、焔が七瀬に尋ねた。


「いや、今回の事件とは関係ない連絡だ」

「そうですか……」


 残念がる焔。そこまで都合の良い話はないようだ。


「だが、今回の事件よりも優先するべきことかもしれない」


 七瀬の発言に、皆は固唾を吞んだ。術者誘拐事件も優先するべきだということは余程の非常事態であるだろう。


「七瀬、何があった?」


 狗骨は真剣な面持ちで七瀬に尋ねた。


「簡潔に言えば、新たな『じん』が発見された」

「……!?」


 焔を除いた全員の表情が固まった。一方で、焔には何のことかわかっていない。しかし、神器の恐ろしさは術者を優に超えていると言っても過言ではない。

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