第12話 神器

「あの、神器というのは何でしょうか?」


 ほむらは恐る恐る質問した。


「私から簡単に神器について話そう。焔以外の皆も確認のために聞いておいた方が良い」







 人間の強力な感情は物や場所に残ることがある。また、物や場所に残ることで、肉体から離れても存続している感情は残留思念と呼ばれている。例えば、毎日一緒に寝るほど大事にしている人形や、首吊り自殺が起きた部屋などには人間の感情がこびりついていると言っても良いだろう。


 そして、この残留思念によって特別な力を持つようになったのが、神器という大層な名前を持つ代物である。もちろん、ただの残留思念が物に力を発現させることはありえない。神器には、生みの親がいるのだ。その名は、朱盃さかずきすいという術者である。


 四家と同じく、数十年前の話になる。朱盃は他者の感情を増幅させるという霊魂術を持っていた。更に、朱盃が持つ霊魂術は物に宿る感情も対象にすることができた。この事実は朱盃本人も最初は知らなかったであろう。つまり、一つ目に誕生した神器は偶然と言っても良い。しかし、その神器の誕生が朱盃の運命を大きく変えてしまった。


 神器という特別な武器を生成できると知られた朱盃は誘拐、そして監禁され、神器を量産するように強制されてしまった。しかし、全ての物が神器へと変化する素質を持っているわけではなかった。朱盃の術は残留思念を倍増させるものだが、元々の残留思念が強力ではない場合、幾ら頑張っても神器にはならなかったのだ。これは、霊魂術の発現とも酷似しているだろう。


 結局、朱盃は数千いや数万の物に霊魂術を使用したが、神器は数個しか生まれなかった。そして、霊魂術多用による身体負荷で朱盃も命を落としてしまった。こうして残された神器は特別な力を持つとして、多額で取引され、時には悪用されていただろう。


 神器が危険視される理由は、術者ではない普通の人間が特別な力を行使できる点にある。霊魂術は性質上、行使できる人間は非常に限定され、素質を持たない者が努力で獲得することは絶対にできない。しかし、神器は所有者に制限がない。例えるならば、完全服従状態の術者を手元に置いておけるようなものである。


 何より、術者が神器を使用するときの破壊力はもはや想像できないものだ。よって、なおは安全のために神器を回収する必要がある。そして、神器の回収は術者よりも優先と言っても良いだろう。







「……なるほど。言うなれば、神器は誰でも使える霊魂術ですよね」

「その通りだ」


 ななの説明を聞いて、焔も神器の危険性を理解したようだ。


「それで、七瀬さん。新しい神器が見つかったというのは本当ですか?」

「ああ、天老から連絡があった。まだ確定というわけではないが、闇オークションに特別な力を持っている代物が出品されるという情報が裏で出回っているらしい」


 確定ではないにしても、本物の神器だった場合、取り返しのつかない事態を生む恐れがある。到底、無視はできないだろう。


「三種の神器じゃなかった……?」


 普段、泰然自若としている狗骨ひいらぎも非常に驚く様子である。


「ちなみに、どういう能力を持っているとかはわかっているのですか?」

「いや、全く。どのような見た目をしているかも、わからない」


 おんの質問に、残念そうに七瀬が答えた。


「とにかく、神器の回収が最優先であることは間違いない。先に神器の回収に向かう人員を決めて、残りを立橋たてばし製作所の件に回すことにしよう。それで良いか?」


 七瀬の提案に皆が頷いた。


「とりあえず七瀬さんは確定ですよね?」

「まあ、そうなるか」

「それなら、七瀬が残りを指名すれば良いと思う……」


 狗骨の言う通り、それが早いだろう。


「では、まずはいを指名しよう」

「了解です。ちなみに、焔も連れていって良いですか?」

「もちろんだ」


 焔もやる気に満ち溢れた表情をしている。


「もう一人くらい選出したいが、椿つばきは怪我しているからな……」

「あ、あの、私は別に平気です……」


 椿の怪我は軽微なものだが、侮っていると足元を掬われてしまうこともある。


「椿、今回は安静にした方が良いよ」

「灰音の言う通りだ」

「そ、そうですか……」


 椿は落ち込むように下を向いてしまった。


「それに、立橋製作所の件についての調査という仕事もあるからね。椿、そっちは頼んだよ?」

「わ、わかった」


 灰音の言葉で、椿は顔を上げた。心做しか嬉しそうに見える。


「狗骨と紫苑も、椿をサポートしてやってくれ」


 七瀬の言葉に、狗骨と紫苑が無言で頷く。


「神器の回収に行く後一人はどうするのですか?」

「心当たりはある。私から声をかけておこう」


 七瀬の言葉を最後に、会議は終了した。事件はゆっくりと休む暇も与えてくれない。そして、直霊に求められているのは迅速な対応、ただ一つである。







 直霊が会議を終えた頃、天老の議論も終局に近づいていた。薄明かりの中で、六十代から七十代に見える四人の人物が円卓を囲うように座している。


「今回は、直霊に任せるということで良いのだな?」


 片眼鏡を着用している男性が口を開いた。


「前回は、神器の回収に失敗していますからね。まず持ち帰ることができなければ、話は始まらないでしょう」


 続いて、口を開いたのは手首に複数の数珠を身に着けた女性である。


「前回は想定外の事態が起きたと言わざるを得ない。それに、直霊が持ち帰った後はどうするのだ?」


 片眼鏡の男性が語気を強めながら、数珠の女性に尋ねた。


「別に、どうにでもできると思いますが?」


 数珠の女性が睨むように質問を返した。二人の空気が悪くなるのを感じて、別の男性が杖で地面を大きく突いた。その音で一瞬、場が静まり返る。


「……とにかく、今回の神器が前回のように強力な代物であるかはわからない。神器の能力が何であるか、話はそれからだ」


 杖の男性の言葉で、熱くなっていた二人も落ち着きを取り戻す。


「しかし、前回を取り逃したことで、今回の神器回収の重要性が上がっているのは確かですよね?」


 耳飾りを身に着けた女性が口を挟んだ。


「もちろんだ。だからこそ、慎重に物事を運ぶ必要がある」


 杖の男性の言葉を最後に、天老の会議も幕を閉じた。

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