第10話 仲間

「私のせいで、はいさんとおんさんが……」

「お前のせいじゃない。それに、諦めるのはまだ早い」


 直後、椿つばきななに連絡し、増援を要請した。


「今から、あの瓦礫の中を探すぞ」

「な、なるほど。携帯の位置情報から場所を特定するのですね?」


 椿は首を横に振った。


「いや、あれだけ瓦礫に埋もれていたら、携帯の信号は届かないだろう」

「それでは、あの瓦礫の山の中をしらみつぶしに……」


 椿の言葉で、ほむらの感情は再び落ち込んだ。二人が助かる可能性の低さを感じてしまったのだ。しかし、この焔の言葉にも、椿は首を横に振った。


「……ではないから、安心しろ。私たちには紫苑を見つける手段がある」

「紫苑さんを見つける手段ですか?」


 繰り返しになるが、紫苑が持つ透影とうえいかいの系統はにぎみである。そして、和の系統の特徴は、基本的に一方通行のような術にならないということだ。


「紫苑の霊魂術は相手の位置を探知するものだが、その逆もできる」

「……逆?」

「紫苑は自分がいる位置を私たちに知らせることができる」


 透影世界は、周囲にある精神反応の位置情報を自分に伝える術であるが、その逆に自分の精神反応の位置情報を相手に送ることができる。更に、効果範囲は紫苑を中心に半径数百メートルにも及ぶ。


 気づいたときには、焔の体は瓦礫の方へ動き出していた。残り僅かの体力を削りながら。瓦礫の山に近づいていくと、早くも焔は紫苑の精神反応を見つけることができた。しかし、その位置は想定よりも深いように感じられた。







 その後、近くで待機していた七瀬と狗骨ひいらぎ、更には警察も合流した。皆で協力し、紫苑がいる位置に積み重なった瓦礫を地道に取り除いていく。しばらくして、瓦礫の下から助けを呼ぶ声が聞こえてきた。その声は皆を奮起させ、作業は加速する。そして、再会の瞬間が遂に訪れる。


「意外と早かったね。流石だよ」


 灰音の声が明瞭に聞こえた。声がした方向の隙間を見ると、瓦礫の間に生じた空間に灰音と紫苑の姿があった。二人とも無事だったのだ。


「灰音さん、紫苑さん! 良かった……」


 焔は安堵の声を漏らした。それから間もなく、灰音と紫苑を瓦礫の下から引っ張り出し、救出に成功した。


「ありがとう、助かったよ。それにしても、安全地帯を咄嗟に発見できて良かった」


 小さく息を吐いた後、灰音が言った。建物が倒壊する最中、灰音はれいえんによって空間が生じる場所を予測し、そこへ紫苑を抱えて移動していたのだ。


「私、自分が霊魂術持っていて本当に良かったと感じました……」


 透影世界によって命拾いするとは、紫苑も思っていなかったようだ。ただ、灰音はここまで想定していたのかもしれない。


 二人の救出後、しばらくぶりに灰音と対面した焔は、何も言わず灰音の体を抱きしめていた。


「あの、焔? 私、瓦礫で結構汚れているよ?」


 しかし、それは焔にはどうでも良いことだった。焔は無事を確かめるように、そのまま灰音を抱きしめ続ける。


「おい、先に帰っても良いのか?」


 椿の言葉で、焔は我に返った。急に恥ずかしくなったのか、焔は灰音から体を離す。そして、焔は灰音の顔を改めて見つめた。


「おかえりなさい、灰音さん」

「うん、ただいま」


 焔の一言に、灰音は微笑みながら返事をした。


「よし、それじゃ椿の言う通り、帰ろうか。結局、はくちゃん見つかっていないし」

「そういえば、灰音。言いづらいのだが……」


 椿が何かを言い淀んでいるようだった。


「どうしたの、椿? そっちのときに口籠るなんて珍しいね」

「行きで乗っていた車あるだろ? あれ、潰れたぞ」

「え?」


 灰音の目が点になった。車を停めていたはずの場所を確認したが、そこには瓦礫にしか見当たらない。


「何か、残念だったな」

「……まあ、良いか。長いこと乗ったし、買い替えの機会と考えよう」


 灰音は気持ちを切り替えることにした。


「でも、帰りの足が消えちゃったのか」

「私が送っていこう。灰音と焔はなお本部で大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます、七瀬さん。助かります」


 七瀬が車で送ってくれるようだ。


「狗骨は椿と紫苑を病院に連れていってあげてくれ」

「了解。警察の車一台借りていく……」


 この七瀬の発言に、灰音は目を見開いた。


「え? 椿、どこか怪我したの?」


 灰音は椿が傷を付けられたことに衝撃を受けていた。そして、灰音は椿の脇腹に血が滲んでいるのを見て、それが真実であることを理解した。


「別に、少し掠めただけだ」

「いやいや、結構、血出ているよ? というか、椿は先に病院行けば良かったのに。警察来てくれたなら、人手足りているし」

「いや、私がいた方が力仕事の効率は良いからな」


 言葉ではそう言っているが、椿もきっと心配してくれたのだろう。


「ありがとうね、椿」


 瓦礫地帯を去っていく椿の背中を眺めながら、灰音は呟いた。その言葉が椿に届いていたかどうかはわからない。だが、灰音は満足気な表情をしている。手が届く限り、この仲間たちを守っていきたい。灰音は改めて覚悟を決めるのだった。







 一方、近くの廃墟では二十代前半と思わしき四人の女性が息を潜めていた。


「想定よりも建物の倒壊が激しかったですね」


 最初に口を開いたのは、如何にも博識そうな女性である。ロングワンピースを身に纏い、手にはアタッシュケースを抱えている。


「地盤が緩かったのかもね。というか、爆破して本当に良かったの? 立橋たてばし製作所って元々、おもいの家の傘下でしょ?」

「彼らは霊魂術に魅入られた群衆の一つに過ぎません。今度はこちらが利用しても構わないでしょう。かおるさんの家は違ったのですか?」


 ロングワンピースの女性の呼称は想であるようだ。また、想と会話している女性は薫と呼ばれていた。ショートヘアでボーイッシュな服装をしている。


「別に知らないけど、仲間意識はあったと思うよ」

「どうせ上辺だけでしょ」

「何か、しずくに言われるとむかつくな」


 口を挟んだ女性は雫という名であるようだ。パジャマのような格好で、小柄な体格をしている。


「それよりも、雫さん。中での戦いはどうでしたか?」

「話には聞いていたけど、二刀流の剣士、強かった。本気状態に変化してからは、データを取る暇もなく瞬殺……」

「なるほど。しかし、一瞬でも本気を体感できたなら、収穫だとは思います」


 悔しがる雫に対して、想は慰めのような言葉をかけた。


「……瞬殺とは中々面白い。私もぜひ手合わせしたい相手だ」

「遅かれ早かれ、再び戦うことになると思いますよ。そのときは、りんさんに任せます」

「そうか。楽しみに待つことにしよう」


 最後の一人は、凜という名前を持っていた。服の隙間から格闘家のように引き締まった体が覗き、手には灰黒の手袋を着用している。


「さて、手札も揃ってきたことですし、次の準備を始めましょう」


 想の一言を最後に、四人は廃墟を後にした。誰もいなくなった廃墟には、不穏な風が吹いていた。

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