繚域の鎖剣操者(クロスリンカー) 〜ただの学生だった俺が異域の武器『グリップ』の適合者に選ばれた件〜

馬場大介

第一章

プロローグ①

 三月一日。

 空は突き抜けるように青いのに、空気にはまだ冬の刺々しさが残っている。

 卒業証書の筒を片手に、暮上くれがみ玲司れいじは住み慣れた高校の校舎を見上げた。周囲では感極まって泣く女子生徒や、スマホで記念撮影に興じる男子生徒たちの喧騒が溢れているが、玲司の心にあるのは安堵だった。


「……帰るか」


 友人と呼べる人間もいないわけではないが、わざわざ輪に入って別れを惜しむほどの熱量は持ち合わせていない。

 玲司は喧騒を避けるように歩き出し、正門へ向かった。

 その時だった。


「おめでとう。その若さで一つの区切りを迎えるというのは、どんな気分かな?」


 ふと、声をかけられた。

 校門の桜並木の下。そこに一人の男が立っていた。

 年齢は二十代半ばほどだろうか。仕立ての良いスーツを着ているが、保護者にしては若すぎるし、教師にしては雰囲気が浮世離れしすぎている。

 何より奇妙なのは、その存在感の希薄さだ。周囲には多くの生徒や親がいるはずなのに、誰一人として彼に目を向けていない。まるで風景の一部のように、あるいは最初からそこにいなかったかのように。


「……誰ですか」


 玲司が足を止めると、男は理知的で柔和な笑みを浮かべた。


「僕はフィース。ただの『観測者』だよ」

「カンソクシャ? なんのアンケートですか。急いでるんで」


 関わってはいけないタイプの手合いだ。玲司の危機回避本能が警鐘を鳴らす。軽く会釈をして通り過ぎようとした瞬間、男――フィースがすっと手を差し出した。


「これをキミに」


 反射的に受け取ってしまったそれは、奇妙な物体だった。

 長さは二十センチほど。重みのある冷たい金属の感触。形状は剣の『柄(つか)』に似ているが、肝心の刀身が存在しない。

 表面には見たこともない幾何学的な紋様が刻まれており、それはまるで呼吸をするように微かに、本当に微かに青く明滅しているように見えた。


「なんですか、これ……おもちゃ?」

「『グリップ』と言うんだ」


 フィースは穏やかな口調を変えずに続ける。


「選ばれたんだよ、暮上玲司くん。キミを含めた150人がね」

「はあ……何に選ばれたんですか」

「生き残り(サバイバル)に」


 唐突な単語に、玲司は眉をひそめた。


「ルールは簡単だ。自分以外のグリップ保有者を全員倒し、最後の一人になれば望みを叶えられる」

「……」


 玲司は手の中の金属塊を見つめ、次いでフィースの顔を見た。

 ああ、なるほど。

(新手の宗教勧誘か、それともただのイカれた人か)

 まともに取り合ってはいけない。玲司は「いりません」と突き返そうとしたが、フィースの瞳があまりにも真っ直ぐで、射抜くような冷たさを秘めていたため、体がすくんで動かなかった。


「必要な時が来たら、覚悟を決めてそのスイッチを押すんだ。これはきっとキミを助けてくれる」


 フィースはグリップにある小さな突起を指さした。


「待ってください、いきなり何の話を――」

「幸運を祈っているよ。キミの『弱さ』が、どう転ぶのかを楽しみにしている」


 言うが早いか、フィースは背を向け、雑踏の中へと歩き出した。

 追いかけようとした瞬間、風が強く吹き抜け、桜の花弁が視界を覆う。思わず目を閉じ、次に目を開けた時には、男の姿はどこにもなかった。

 残されたのは、手の中にある冷たい『柄』だけ。


「……なんだよ、あれ」


 気味が悪い。捨ててしまおうかとも思ったが、なぜかその金属の重みが妙に掌に馴染んで、手放すのを躊躇わせた。

 結局、玲司は何が何だか分からないまま、その『柄』をカバンの奥底に放り込み、逃げるように帰路についた。

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