声を出すのが怖いって?大丈夫、君の声を助けられるのは、どうやら僕の声だけみたいです

「喋るの、怖いって思ったこと……ある?」


夕暮れ時、廃墟の工場跡。

私たちが次の中継所へ送る魔導装置の点検をしている最中に、ユキがぽつりとそう言った。

レンジとノイズは機材を確認し、マルは足元の発電具を蹴飛ばすように調整している。

そんな喧噪の中で、ユキだけが静かに手を止めていた。


彼女の声は震えていなかった。けれど、その笑みには色がなく、どこか冷たさすら帯びていた。


「声導管ってさ……人を殺せると思うんだ」


「え?」マルが顔を上げる。


ユキはかすかに肩をすくめた。

「三年前、私……“声”を理由に精神攻撃を受けてたの。

私は『声の記録係』で、指導者選定の時に、自分の意見をこめた声を流した。

それが一部の上級者を怒らせて……私の声は“出すべきじゃないもの”になった」


彼女は笑っていた。だがその笑いは、痛みを覆い隠す仮面だった。


「当時、声導管を見るだけで吐き気がした。声を出したくないって、ずっと思ってた」


誰も言葉を挟めなかった。

レンジも、ノイズも、マルも。沈黙だけが彼女を包む。

私も胸が締め付けられ、喉が強くひきつった。――その感覚は、私の呪いと重なっていた。


ユキは続ける。

「でもね……レンジの放送を聴いたんだ。沈黙の雷の夜、真っ暗な部屋で。

声導管の明かりも点けずに、ただ耳を澄ませてた」


彼女は目を閉じ、遠い夜を思い出すように語った。

「“生きてるか?”って、声が聞こえた。それが、私に言ってる気がしたんだ」


レンジが少し驚いた顔をした。

「……あれ、聞こえてたんだ」


「聞こえたよ。だから私は、もう一度声導管の前に戻った。怖くて吐きそうで……でも、もう一度声を使いたいって思った」


沈黙が落ちた。

やがてレンジが冗談めかして口を開く。

「つまりお前、俺の声に惚れたってこと?」


「はあ? ちげーし!」ユキは即座に顔を赤くして反論する。

「声はいいけど中身がゴミだし!」


「おっ、中身までチェックしてんのか。やっぱ惚れてんじゃん」


「うるさい、死ね! ……でも、ちょっとだけ、ありがとう」


その一言に、レンジは小さく笑った。

ノイズもマルも、照れ隠しのように魔導具をいじる。

工場の空気が、少しだけ柔らかくなった。


ノイズが工具を置いて言った。

「……ユキ、お前の声、ちゃんと届いてたんだな」


「……うん。でも今度は、私の声で誰かを助けたいの」


マルが拳を振り上げる。

「上等だ! やろうぜ、“声の逆襲”を!」


夕暮れの倉庫に、ひとつの声導管が置かれていた。

かつてユキを傷つけた道具。だが今は、彼女が自分を取り戻すための武器。


ユキはその前に立ち、深呼吸をして、そっと言葉を放った。

「こちら、ユキ。聞こえたら……返事をください」


しばしの沈黙。

やがて、微かなノイズが返ってきた。

それはまるで「分かった」と応えているかのような音だった。


ユキの目に、初めて迷いのない光が宿っていた。

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